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「粘菌」から着想し、未来を拓くハードウェア開発に挑むAMOEBA ENERGY

2018年に創業し、「組合せ最適化」処理を高速に実行することを目的とした専用チップ『アメーバコンピュータ』の開発に取り組むAMOEBA ENERGY。アメーバ生物・粘菌の特徴から着想し、これまでとまったく異なるアプローチで「最適化」に挑む同社のプロダクトは、AIが浸透した次なる社会をリードする可能性を秘めている。アメーバコンピュータとはどのようなものなのか。そして、その技術はなぜ社会に求められるのか。CEOの青野真士が、AMOEBA ENERGYが挑む領域の“おもしろさ”について柔らかく語る。

語り手 │ Amoeba Energy株式会社, 代表取締役/CEO 青野真士
聞き手 │ DNX Ventures, Principal 白石由己

難度の高い「最適化」を解決するヒントは「粘菌」にあった

――まず、事業の核となる『アメーバコンピュータ』とはどのようなものなのでしょうか。
青野:アメーバコンピュータとは、粘菌がアメーバのように並列的に足を伸び縮みさせて変形するメカニズムにインスパイアされた、「半導体チップ」です。私たちはこれを「コンピュータ」と呼んでいますが、いわゆるパソコンやスマホに組み込まれるどんな目的にも使える「汎用コンピュータ(CPU)」とは異なり、「組合せ最適化」処理を高速に実行する目的に特化した「専用コンピュータ」であるということも加えておきます。「組合せ最適化」の中でも、アメーバコンピュータは特にモノの流れや動きを効率化するための軌道計画を得意とします。普通のコンピュータと共存して使うことを想定した「ハードウェアアクセラレータ」という分類で想像していただけるとわかりやすいと思います。

このアメーバコンピュータの発想のもとになった粘菌は、とても面白い生きものなんですよ。脳も中枢神経もない一つの細胞なのですが、餌と餌の間の最短経路を結ぶ形に変形して、栄養物質の流通効率を最大化させられる……つまり、知的な判断ができるんです。中央集権型の指揮命令系統がないけれど、末端が単純なルールで相互作用することで、システム全体にとって最適な意思決定を実現できる。このメカニズムを「組合せ最適化」問題の答えを出すために利用できるのではないかと考え、アメーバコンピュータの開発を始めました。

――アメーバコンピュータが特化する「組合せ最適化」について、もうすこし詳しくお聞かせください。
青野:私たちが取り組む問題がイメージしやすいよう、組合せ最適化の問題として有名な「巡回セールスマン問題」を例に挙げます。これはセールスマンが複数の都市を営業し、事業所に戻ってくる場合の最短経路を求めるという問題なのですが、指定する都市数に伴って巡回可能なルートの組合せも増えます。例えば、都市数が10のとき10万通り以上あるルートのパターンは、都市数が15になると、とたんに400億通り以上になるのです。このように、組合せの数が爆発的に増える現象を「組合せ爆発」と呼びます。現在普及しているコンピュータは、この「組合せ爆発」が起こるような問題を解くことが苦手です。膨大なバリエーションの中から最短経路を探す処理に時間がかかり、いつまで経っても答えが導かれません。

ここですこし話題を変えて、現代社会のデジタル技術の進化について振り返ってみましょう。ハードウェア技術の進歩と共に、私たちは「ビッグデータ」を扱えるようになり、さらにはそのデータを分析・学習する「AI」の技術を獲得しました。では、次に求められる技術は何か。それは、分析・学習から得られた選択肢の中から、条件に合わせて最適なソリューションを導きだす「最適化」の技術です。いわばDX時代へのバトンをつないできた技術のリレーの最終ランナーが「最適化」だと、私は考えています。

一方で現状のコンピュータでは「組合せ爆発」に歯が立たないため、これまでの歴史と同じく、ハードウェアの次なるイノベーションが求められています。このAIの次に来る「最適化」のフロンティアを拓く存在が、私たちが開発している「アメーバコンピュータ」だと考えていただきたいです。

――AMOEBA ENERGYと同様の課題解決に挑むハードウェアは現存するのでしょうか。
青野:組合せ最適化という課題を扱う同カテゴリのハードウェアとしては、「アニーリング方式」の量子コンピュータ、それにインスパイアされた「アニーラ」というコンピュータが挙げられます。これらのアニーリング方式と、私たちが開発するアメーバ方式の違いを簡単に説明すると、前者は「目的関数ファースト」、後者は「制約ファースト」と言うことができると思います。つまり、両者は組合せ最適化問題に対するアプローチが全く異なるのです。

先に話した「巡回セールスマン問題」を例に取ると、前者の「目的関数」とはセールスマンの移動距離に対応するもので、後者の「制約」とはセールスマンに課せられる条件群に対応するものです。条件群とは、例えば全都市で営業しなければならない、各都市一度だけしか訪問してはならない、最終的には事業所に帰ってくる、といったものですね。この違いが実際の結果にどのような違いをもたらすかというと、アニーリング方式の場合、移動距離を最短にすることを第一義として変数状態を更新していくため、ときに制約を満たさない解が導かれることもあります。一方アメーバ方式は、制約を充足することを最優先とするアルゴリズムがベースになっているため、実行可能な解だけに到達する仕組みになっています。実社会の課題を解決する際は、ユーザーのリクエストを全て満たす解を短時間で得ることが求められますので、その観点において実践的な活用シーンを考えると、アメーバ方式のほうが優位でしょう。

生きものを「ヤワラカい」マシーンと捉える研究者の目を武器に、ビジネス領域に挑戦

――青野さんは起業前はアカデミアの領域にいましたが、これまでどのような研究をしてこられたのでしょうか。
青野:慶應義塾大学のSFC(湘南藤沢キャンパス)で「複雑系」という研究分野に出会い、そこから神戸大学で「生命と計算の理論」を研究、博士号を取得した後、理化学研究所で「粘菌コンピュータ」をつくりました。その後のキャリアとしては、東京工業大学で「生命の起源」というテーマに挑み、慶應義塾大学SFC(環境情報学部)准教授に着任してから「ヤワラカいアメーバコンピュータとアメーバロボット」の研究をして、起業に至ります。

こうしたキャリアのなかで、私は「生きものとはどういうマシーンなのか」という問いと向き合い続けてきました。自然界は物理法則に従い、決まった通りに動作する部品から成り立っています。一方で、生きものは自ら考え、未知の状況にも対応できるように見えます。自然界は、能動的に「ヤワラカく」行動できるシステムを、ルール通りかつ受動的に動作するための部品から、いかにして作り上げるのか。その原理を明らかにし、それを人工的に再現することで、実社会の役に立てたいというのが私の研究意欲の根源でした。

――非常に興味深い研究ですね。アカデミアの領域で研究を極める道もあったと思いますが、なぜAMOEBA ENERGYの創業という道をあえて選んだのでしょうか。
青野:もともと人生のどこかで起業したいとは考えていました。アカデミアの領域では、研究者としてのアウトプットのメインは論文です。それだけでなく、製品・プロダクトを生み出して世界を変えていくような仕事がしたいと、前々から思っていたんです。その背中を押したのは、中高時代からの友人であり、SFC時代の同級生でもあるSansanのCEO、寺田親弘さんの存在です。

寺田さんは昔から経営者という夢を掲げていて、彼がインターネットベンチャーの道を歩み始めた当時は、共に「新しい技術を商売にしよう」と一緒に励んでいた時期もあるのです。創業までは至りませんでしたが、非常に刺激的な日々でした。それから私は科学の道、彼はビジネスの道をそれぞれ進んだのですが、2017年、私がSFCの准教授に着任した際、再び彼と話す機会がありました。私の研究内容を聞いた寺田さんは、「これは成功したらすごいことになる。ビジネスにできたら、研究者として取り組むよりもはるかに新しい未来が拓けるはず。個人として出資するから、会社をつくってみないか」と提案してくれたんです。この言葉に後押しされて、2018年、AMOEBA ENERGYを創業しました。

Sansan株式会社 代表取締役/CEO 寺田親弘さんコメント
青野さんとの出会いから三十余年の時を経て、一緒に世界に大きなインパクトを与えられるチャレンジができること、とても幸せに思っています。私は、ビジネスの分野で働き方を変えるDXサービスの「Sansan株式会社」を創業し経営してきました。教育の分野でも今年「神山まるごと高専」の開校を実現させることができました。念願だったのは、サイエンスレベルのコア技術の分野でグローバルにイノベーションを起こせるようなコトにコミットすることです。「粘菌コンピュータ」の研究はずっと面白いと思っていましたし、青野さんのサイエンティストとしての高い評価も耳にしていましたが、彼が基礎研究から生みだしたユニークな技術で社会課題を解決しようと本気で奮闘していることを知り、心を動かされました。もともと底知れない力を秘めたキャラクターだったので、研究者としてキャリアを全うするタイプじゃないとは感じていましたが、まさか大学のテニュアポジションを捨ててまでAMOEBA ENERGYにフルコミットするとは思いませんでした。その覚悟ができるのは、「アメーバコンピュータ」という技術の可能性を信じ切っているからなんだと思います。このユニークなディープテック系スタートアップを成功させるべく、私も全力を尽くします!

――バイオテックベンチャーの場合、大学に研究室を残してスタートアップに関与するケースも多くあります。研究者を辞めて経営者になるという決断を下した背景を教えてください。
青野:ここ20年で、アカデミアの領域は資本主義の力学が強く作用するようになりました。よく「選択と集中」と言われますが、国は税金を投じるにふさわしい研究に対して資金を投下します。すると、研究者はそれに応じた論文を発表するようになり、社会的・経済的に意義のあるものとして研究を正当化できる研究者に対して資金が集中していくわけです。つまり、アカデミアの領域も、すでにビジネスと同じような構造になりつつあると言えるでしょう。

一方で、そういった領域の研究は資金力のあるインダストリーに任せたほうがスケールもスピードもはるかに上回るわけで、所詮アカデミアはインダストリーに勝てません。GoogleやAppleなどのテック企業の成功を見れば、それは明らかです。もともとアカデミアの価値は、社会通念や経済原理から超然とした立場から、真実を追求できるコミュニティを維持してきたことにあったと思います。それが損なわれていくことに不満を抱きながら、論文をアウトプットすることで評価や対価を得ていくキャリアを続けることには、正直情熱が湧かなくなりました。

だったら、いっそのことインダストリーのど真ん中に身を投じて、自分のふんどしで相撲を取り、自ら研究開発した製品をアウトプットして、その価値を世に問うていくキャリアのほうが、健全な精神状態で人生をまっとうできると考えたんです。安定した地位と収入を約束される大学教授のポジションを捨てることには勇気がいりましたが、その決断をまったく後悔していません。

一方で、私は今でもアカデミアが好きです。将来的には「アメーバコンピュータ」による科学技術計算の加速などを通じてサイエンスの進歩に貢献するという形で、アカデミアにも恩返しをしたいと考えています。

目指すは“次のNVIDIA”、量子コンピュータブームで勝機を確信

――AMOEBA ENERGYのビジョンを教えてください。
青野:じつはAMOEBA ENERGYにはまだ明確なMVV(Mission Vision Value)が存在しません。研究開発の途上ではサステナブルなMVVを設定するのは難しいと考えているからです。ただし、折に触れて使っているスローガンのような言葉はあります。

『ヤワラカい最適化エンジンで世界を救う』。これが、今私たちがめざしているビジョンに近い言葉です。“ヤワラカい最適化エンジン”はそのままアメーバコンピュータを指した言葉で、“世界を救う”については、英訳した“Save the world”でイメージしてもらえるとわかりやすいと思います。私たちが挑む「最適化」が進むと、経済活動の効率化、エネルギー消費や環境負荷の最小化といったさまざまな現代社会の課題解決に貢献できます。“Save”という言葉には、あらゆる資源の過剰消費を「セーブする」技術を拓くというパブリックかつグローバルなメッセージを込めました。

――事業を展開する領域の市況感についてはどのようにお考えですか。
青野:私がAMOEBA ENERGYの仕事に専念するようになった2020年ごろは、巨大テック企業やディープテック・スタートアップが量子コンピュータ関連の研究開発に巨額を投じたとするニュースが連日報じられ、まさに量子コンピュータブームの最高潮と言える時期でした。国内大手エレクトロニクス企業が次々とアニーラの研究開発を活発化させ、その成果が業界を賑わせ始めたのもこの頃です。列強がこぞって「最適化」の領域に乗り出しているということは、スタートアップの私たちにとって危機だと捉えられるかもしれませんが、逆に私は「これは今こそチャンスだ」と感じたんです。

そもそも「最適化」という課題領域は理解を得ること自体が難しく、認知度が低いなかではアメーバコンピュータの意義を伝えきることが困難でした。メディアが連日報じてくれているおかげで、最適化専用コンピュータに対する世界の認知度や期待値が高まり、説明の難度がずいぶんと下がりました。また、量子コンピュータやアニーラに対する注目度が高まっていることで、それらとアメーバコンピュータの技術的差異をアピールしやすくなったことも追い風と捉えています。あるエンタープライズ企業から、彼らの課題を解決する手段としてさまざまな計算手法を比較検討した結果、「アメーバコンピュータに可能性を感じた」と声をかけていただいたことは、自信につながりました。

――ベンチマークと捉えている企業はありますか。
青野:最近、NVIDIAの時価総額が1兆ドルを超えたことが話題になりましたね。もともとNVIDIAはゲーム機の画像処理に適したGPUを開発・提供していましたが、それが機械学習の処理に活用されるようになり、急増するAI需要の波を受けて同市場で急成長を遂げたのです。

このGPUの成功事例の次にイノベーションを起こすハードウェアがあるとするならば、それはCPUやGPUでは届かない計算性能や処理機能を実現できるものとなるでしょう。おそらくそれは、膨大な数の変数の状態を並列的に更新したり、確率的に動作させたりする処理を得意とし、巨大なメモリと高速にデータをやり取りできるシステムと一体化して威力を発揮するはずです。私はこうした次世代の社会要請に応えられるものとして、アメーバコンピュータが活躍すると考えています。AI時代をリードするNVIDIAに続き、AMOEBA ENERGYを“次のNVIDIA”と称されるようなグローバル企業に成長させることが私の夢です。

――そうしたビジョンや目標に向けて、現在AMOEBA ENERGYはどのようなフェーズにありますか。
青野:現在はエンタープライズ企業と協働しながら、具体的な課題解決に資する機能を洗い出し、それを実現できる『アメーバアルゴリズム』の有償開発に取り組んでいます。その具体的な活用シーンとしては、スマート工場・倉庫の現場でエッジ計算を行うニーズを満たすものを想定しています。

いま開発しているものは、ここまで話してきた「組合せ最適化」の問題全般にアタックできるようにはなっていませんが、今後より汎用的なユースケースへの展開は十分期待できるものとなっています。先に挙げたような企業コラボレーションと、半導体チップ開発のための基礎的な調査を進めつつ、将来的なアメーバコンピュータの製品化とグローバル展開に向けて準備を進めている段階です。

また、2023年2月、DNX Venturesからシードラウンドの投資をしていただきました。先ほど掲げた“次のNVIDIA”という目標に共感していただけたこと、以降スマートかつホットな支援をいただいていること、大変嬉しく感じています。SPROUNDというオフィス環境でのコミュニティ・ビルディングの仕組みや配慮にも感謝しつつ、引き続き暖かく見守っていただければと思っています。

――最後に、ジョインしていただきたい人材のイメージと、候補者に向けたメッセージをお願いします。
青野:「グローバル規模で日本発の技術的イノベーションを起こしたい」という意欲にあふれる、ビジネスサイドと開発サイドのメンバーを募集しています。たとえ長い時間がかかったとしても、真に社会課題を解決するスケールの大きな新しいことにチャレンジしたい方は、ぜひAMOEBA ENERGYに来てください。

ビジネスサイドメンバーとしてジョインしてくださる方には、MVVを作っていくプロセスから参画していただきたいです。また、アメーバコンピュータが技術的完成に至るまでには長い期間を要することが予想されますが、その間もマネタイズの戦略・戦術を策定していかなければなりません。そういったビジネスパーソンとしてのイマジネーションにあふれる方に来ていただけると嬉しいです。

また、開発サイドのエンジニアとしてジョインしてくださる方には、本質的な意味でオリジナリティのある技術を自らモノにしたい、という野心を持って臨んでいただきたいです。昨今は機械学習や大規模言語モデルなどのAI技術が注目されていますが、これらの技術はコモディティ化していく宿命にあるので、エンジニアとしてのキャリアを長期的に考えると、その方向に未来があるとは必ずしも言い切れません。それよりも、私たちが挑戦する今までにないアルゴリズムとハードウェアの開発を通じ、新しい市場を開拓していくほうが、創造的な仕事に取り組めると思いませんか?

私たちがめざすゴールに共感し、オリジナリティとクリエイティビティを全開にして取り組める方をお待ちしています。

AMOEBA ENERGYにお気軽にcontactください!

メール:public@amoebaenergy.com

記事執筆|宿木屋
写真|上野なつみ


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