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港にて


土曜日の夜明け前

今年は花火大会に行けないので、二人で花火大会を開催した。

明日の朝わたしは行ってしまう。
上京前、恋人とはこれがきっと最後だ。


大体小袋には3本の手持ち花火が入っていて、1本しか入っていないものもあり、それはふたりで一緒に握った。「ケーキ入刀みたい」とわたしが笑えば「初めての共同作業だ」と返すこいびと。



ここ数年のわたしは勉強ばかりだった。花火大会に最後に行ったのは4年前、手持ち花火を最後にしたのもそのくらい。
誰かと今年は花火を観られたこと、その相手があなたであること。
嬉しくて楽しくてきらきらと綺麗で最初から最後までずっと泣いてしまいそうだった。
こんな幸せ、もうとうぶんお預けだ。



全部の花火が終わって間もなく空が明るくなり始め、1時間程あまり喋らず海を眺めていた。



煙の匂いはもうどこかへ行ってしまって潮の香りが鼻を掠める。


青い雲の隙間から赤い空が覗いている。


遠くに大きな船がやってきて停まった。


何度もちゃぽんと音がしていた魚の姿が朝になるとよく見えて可愛らしい。



東京は簡単に海に行けない、もう此処にもとうぶんは来られない。
視覚聴覚嗅覚から感じられる全てが特別に感じた。




彼の仕事が落ち着いて東京に越してくれるまでの少しの間、遠距離になってしまう。


不安というよりはただたださみしい。



カップルに向ける「頑張ってね」という言葉にいまいちしっくりと来ていなかったけれど、これは確かにがんばりどきかもしれない。
恋人に対するさみしさは恋人によって満たされて来た。それをこれからはひとりで打ち勝たなければならない。


美容院の帰りは決まって会いに行った。街を歩いていても、このお洋服 恋人に可愛いって言ってもらえそうと考えるようになった。メイクのノリは決まってなぜか会う日に限ってすこぶる悪かった。誰かに好かれる為にではなく、自分ウケだけを大事にしていたはずなのに、そんな風に、あなたがわたしの生活に介入していることが楽しくて堪らなかった。


どんなに可愛いネイルに変えたってあなたに指を触って見てもらえないし、綺麗な色に染まった髪を撫でてもらえない。
先程交わした「夏早く終わって欲しい」「冬がいいね」「冬がいいよ」なんていう他愛のない会話も、同じ温度を共有しながら話していたい。





そんなことを考えているうちに空の色が薄くなり、海には白い光が散らばっている。ランニングに励む人がちらついて来た頃、お互い睡魔と空腹がおそってきたのでそろそろ帰ることにした。


歩きながら、繋いだ手から伝わる恋人のぬくもりを静かに噛みしめていた。



1075kmなんて、あまりに遠いね。

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