【連載】食べ合わせの幸福論Vol.7 餃子の王将

 1000円くらいで一人でサクッと呑みたい。そんなときに利用するのが餃子の王将である。きょうはそのお話。

 ヴィレバンで買いそびれたマンガを求めて、ふらふらと三軒茶屋の町を歩く。ドロヘドロのガチャガチャ400円に後ろ髪を引かれながら、こっち側の八百屋はずいぶんと安いのだなと、発見する。近所を少し、歩いて帰るつもりだったので、洋服もてきとうだ。パジャマに毛が生えたようないい加減な格好で、ふらふらしている。ここは三鷹じゃない。渋谷まで2駅の都心なのに。こうした、いい加減さを楽しむのって、ざまあみろと言いたくなる。都会への嫌がらせ。手をつないで茶沢どおりを練り歩く、お洒落カップルの男はなぜ、帽子に半ズボンなんだろう。そして、髭。三鷹にはいなかったタイプのおしゃれッセンス。これから彼女の家でディナーなのかい。それともきみがふるまうのかい。自慢の料理はなんだろう。アドレッセンス。こんな大人になんかなりたくなかった。

 コメダ珈琲をもてはやす、東京都民が嫌いになりそうだ。チッと舌打ちしながら目の前をとおりすぎる。お腹がすいたが、何が食べたいのかわからない。もう、家にさっさと帰って、さっき買った、三軒茶屋最安値と思われるホールトマトの缶詰でペンネアラビアータに赤ワインでもいいんじゃないのか。家で作った方が安くて満足度高いのだし。外食のパスタはいつもわたしをひどくがっかりさせてばかり。でも、ホールトマトの缶詰で作るパスタは二人分。一人で作るには多すぎる。トマトソースが余ってしまう。二人でも多いのだけれど。

 サウナスーツを着て、ウォーキングしていたので、汗ばんできた。せっせと右と左を交互にすすみながら、目的は果たせない。携帯電話に連絡はきたのかな? 知らないふりして、放置しておこう。携帯電話はベッドの上で、充電されている。

 通りは静かで。休日特有の浮かれた感じ。えーい、ままよ! と、餃子の王将に入った。たぶん、ここでいちばん、おいしいのは、天津飯だと思っている。わたしはあの甘辛い天津飯を憎んでいる。塩だ。片栗粉がこっくりしてない、さらさらとした、中華スープに黄色を目立たせたいなら、なぜ、醤油色に染めてしまうのか。きみのしたことはとても罪深いのだよ? レンゲは、いともかんたんに黄色の衣を切断する。餡のしたの卵に隠れた白い粒。浸食する塩だれは、隙間をぜんぶ埋める勢いだ。想像がだいたいできたので、あえて、それを頼むのはやめた。日常に冒険。いつもと違うわたしを発見。いまの自分がとても嫌いだからちがう自分になりたいから人は冒険するのです。

 頼んだのは、おつまみメニューから揚げやきそばと、期間限定でお安い中生ジョッキ。でも、失敗だったと気づくのはすぐだった。揚げ焼きそばっていっても、太めの麺を揚げたものだと思っていた。出て来たのは長崎の皿うどんのような、皿、うどん、とかいって、あの細い麺がちりちりに揚げたスナック菓子みたいなあれですよ。これ、ラクサに入ってるんだったら少しは許してあげれるのけれど。しっぱいしたなーっ! そして、ごくりと飲んだビールが、ビールサーバー洗っていないときの、あの酸っぱい味だった。しっぱいしたなーっ! 大切なことは二度言います。なんて思いながら、それなりにあるものを楽しむ。からしをどこにかけるのかを楽しんだりするのだ。

 ふっと、入って来たシルバーグレーの老紳士。わたしの隣。カウンターに座った。大壜でビール。その正しい選択に思わず注目せざるを得ない。デモにでもいった帰りのような、くだけた灰色のTシャツは少し、汗染みが広がっていた。彼の目に前にどかっと置かれたのは、木綿の冷や奴。え? こんなメニュー王将にあるの? 不思議に思って、メニューを2度3度見返してしまう。しかも、しょうゆもなにもかけないで、ビールのあてにしてる。半分くらい、基で食べて、半分にラー油をたらりとかけたのだ。すいません、と2本目の瓶ビール。わたしは焦った。なんだか負けた気がしてならない。すみません! とわたしは、おつまみ用のちいさな酢豚を頼む。300円くらい。この値段で、酢豚を食べられるのは王将だけだ。みてみなさい? これが正しい選択ですよ? と、揚げそばの屈辱を仕返すべく、頼んだのだった。ほどなくして、届けられた酢豚は以前頼んだ時よりも小さく、みすぼらしかった。うーん、これが消費税のマジックか。値段は変えずに量が減る。過食部分の肉は4つ。しゃりしゃりとした、玉ねぎ。フレッシュなピーマン。天津飯のうえにかけられたら憎まれるはずの餡。失敗とはいわないけれど、安パイだ。そんなわたしを尻目に、おやじの目の前にはチョリソーが……。つーか、何それ!? 何!? チョリソーって。そんなメニューあるの? 王将にソーセージ。ぱりっと、前歯で噛み切って、ビールを飲んだおやじの、したり顔。なんどもなんどもメニューを探した。どこにも記載されていない。ここは王将ですよね!? 小一時間、といつめたい思い出いっぱいだった。

 さっくり、呑み終えたおやじは、レジで王将のカードを出し、会員割引で、1080円。大瓶のビール2本と冷や奴とチョリソー。あまりのかっこよさの去り際に、投げキッスしたのは誰にも内緒だ。

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