あたしは『物』〔じゅんみはさんに捧げます。はぴばれんたいん♡〕


あたしはふたごだった。
二卵性。
男女。
親は文学サークル上がりで、兄に

語(かたる)

あたしに

詩(うたう)

と付けた。

ほんとは物語って付けたかったさー。
でもそう付けたら、あんた名前『物』になっちゃうじゃん。
母ごごろ、母ごごろ♪

何が母心だ。
彼女の文芸しゅみは、4才の語を殺した。
まいぶんがくのイベントに行って一昼夜帰らなかった母は、明け方のそーっと帰ってきて、冷たくなった語をみつけた。
あたしはもの言わぬ語がどんどん冷たくなってくのを横で見てた。
うちに携帯とかはなく、あたしも熱が高かったから、這い出て誰かをさがすこともできなかった。
高熱のあたしと、高熱から一気に冷たくなっていった語。
永遠に思える時間のなか、あたしはひとりできょうだいの死をみとったのだった。

母はその死を上手にごまかして、小さな柩を泣きの涙で送り出した。
だれもが母に同情した。

『物』と名付くはずだったあたしはほんとうに『物』になった。
しゃべらない。
動かない。
安全な猫のラグドールのように、あたしはぐたーっと母に抱かれる。
母があたしを抱くのはお涙頂戴のシーンだけだから、ぼーっと抱かれているだけでいい。
でも嫌悪で身の毛がよだつ。
物凄いトリハダ。
でもトリハダだ。
嫌悪感が引き起こしてるだけの生理的な反応。
それを母は□トピーだと言い張って、皮膚コンディションのためのグループホームにあたしを送ったのだった。

おやごさんが付き添ってるこどもの多いこと多いこと。
自分を責めてるおやごさんも多くて、詩ちゃんはひとりで偉いねって繰り返し言われたけど、今はもう完全にひとりなのだからどうしようもない。
いえ逆に、あたしはあたしのなかの語とだけ、だれも聞こえない会話を交わすことが多くなっていたので、ひとりの時間はありがたかった。
だれも使っていないとき、あたしは音楽室にいる。
ピアノの長椅子のはじに寄って座る。
(無人に見える空間には、語がいるからね)
目に見えない語のリクエストに従って、あたしはたどたどしくピアノを弾きながら、歌う。
月の沙漠が好きだという。
だから繰り返し繰り返し歌う。
不思議なことに歌は歌える。
なのにしゃべれない。
言葉は出ない。
無理して単語を発そうとしてもだめで、あたしは、の、あを発するとそのまま、

赤い花摘んでー

と歌が出てしまう。
語はお母さんにころされたの、っていおうとしても、か、から先は

かーらすー

と歌になってしまう。
語がいないから、語れない。
私はただただ歌い続ける。
語。
帰ってきて。
帰ってきて・・・・

そうして大人になっていったのだった。

その年。
ホームに秋川翼が戻ってきた。
小児期の□トピー克服したのに、成人後にぶり返したのだ。

恥ずかしながら秋川翼、再び舞い戻っちまいました!

おどけて敬礼する翼の肌は、あちこち生傷で破れたようになってて、きれいな顔立ちな分余計に悲惨だったけど、あたしはちょっと嬉しかった。
だって翼だけだったんだよ。
あたし(と語)の歌を繰り返し聞いてくれたのは。
外にいた間にいろいろ覚えたからって、いろんな人の歌を何曲も歌って聞かせてくれた。

きみをわすれないー

って始まる歌も、

野に咲く花はー

って始まる歌も教えてもらった。
50曲近く教えてもらった。
親切だね、って心の中の語が言うけど、私は翼の別の意図に気づいた。
覚えて、歌って。
覚えて、歌って。
ある日ついに、翼が言った。

お母さんが放置したせいで、語くんはしんだんだね

     !

あたしの両の目から、わっと涙が溢れた。
頷いた。
何度も何度も何度も。
そしてあれ以来初めて私はゆっくり言葉を発した。

そうです



母は警察に連れていかれた。
あたしのなかの語は、満足したように去って行った。
行かないで、って頼んだけど、語はこんなふうに言った。

生きてる人は生きてる人とつるまなきゃね。

その目はたしかに翼を見ていた。

きみがお母さんになったら、こどもになっていい?

あたしが語のお母さんに!?

それすごい!って思ったけど、まだ不慣れなあたしの言葉はすぐに出なくて。
それをあいつ、誤解して、

冗談だよ

って笑って。
それきり語はあたしに話しかけてこなくなったのだった。



そして今日。
あたしはお母さんとして、最初の仕事をする。
最初の最初の最初の仕事。
出産。
生まれてくるのは男の子ってわかってる。
でもその子が語かどうかは生まれてこないとわからない。
語でも、語でなくてもいい。
ただただ無事に生まれてほしい。

それでも地球は回っている