真理呼 倉・終章①〔R18有料作〕


         一

 編集者の酒はしつこい。
 本心でもないおべんちゃらを繰り返しつつ、ただただ高級酒を勧める。
 それでも接待してるつもりか?
 自分たちが行きたい店ばかり選んで。
 月刊えろすの中折が、高級ソープまでつけると言ってきたのには、さすがにうげっとなった。
 自分が行きたいから勝手にセッティングして、上のやつらには言うんだろう。
 あの先生好きなんすよ。
 参っちゃいますよ。
 見え見えだ。
 そこへいくと『りある』の日沼はいい。
 軽く飲んで行きます? ときて、ホテルのラウンジかショットバーへ寄る。
 何か腹に入れたいときは、うまい飯屋に連れて行く。
 間違っても、半裸の馬鹿女の群れに、俺を突っ込んだりはしない。
 だがきょう俺を接待してるのは、りあるではなくえろす。
 高級ソープを断るのがやっとだった。
 泥酔した中折を、歓楽街に放置して、一人歩き出した俺は、馬鹿女どもが見境もなく注いだ水割りと一緒に、安っぽい乾き物を雑居ビルの裏手で勢いよく吐いていた。
 吐くのは苦痛だが、吐いてしまえばぐっと楽になる。
 具が出終わって、胃液になって、それすらもなくなったが、まだすっきりしない。
 中折い…!
 てめえでクスリやるのは勝手だが、ヒト巻き込むんじゃねえっ!
 胃壁にかなり吸収されてしまったであろう薬物を、吐き出す方法を考えあぐねて苛立ち、ビルの外壁をバンバン叩いていると、すらりとした若い女が、連れの大柄な男の手を逃れ、走り去ろうとする場面に出くわした。
「やめろ放せ!」
「放せはないだろう。自分から誘ってきたくせに。今ここでしたっていいんだぜ」
「放せ!」
「触らせな。うわあっ、形のいいオッパイだぁ。したは?」
「やめろ!」
「『やめて!』じゃねぇのかよ、口悪いな」
「やだ、やめ、んんっ」
 唇を奪われたようだ。
 言葉が途切れたが、女は必死で抵抗している。
 振り回した指先が、男の頬を抉ったらしい。
「つぅっ、このクソ女!」
 男の腕がつっと上がり、横殴りに女を、の筈だったが、俺がその手を封じた。
「何だてめえっ」
「通りがかり。でも女が不細工な男にぶたれるの、やなんだ」
「誰が不細工だ!」
 突っかかってきた男が泥酔しているのに気づいたので、俺は軽く躰をかわしていなした。
 勢い余った男は雑居ビルの壁に激突し、ゴミ袋だらけの地面にひっくり返ったが、そこは、よりにもよって、俺が吐いた胃液と内容物だらけの場所だったのだ。
 デカブツの腕や肩が、筋肉で膨れ上がっていることに気づいた俺は、これはまずい状況だと、遅まきながら理解した。
「逃げろ!」
 女の手を掴んで走り出す。
 ーブロック、二ブロック、かなりの距離を走り抜けて、路地に飛び込んで隠れてから、俺たちはやっと息をついた。
「大丈夫か」
 荒い息で、女に聞く。
 酒と何やらわからないクスリが体内を回って、俺は今にもぶっ倒れそうだ。
 女も荒い息をついていたが、何に気づいたのかあっとなり、
「鈴木…亮…?」
と口走る。
 俺のファンか? まずいな、と思った瞬間、後ろ頭をがん! とやられたような衝撃が俺を襲った。
「おまえ…おまえまさか…」
 地面が突然くるくる回り、俺の意識は途絶したが、暗転するまでの数秒間に、俺は気づいた。
 女は鈴だったのだ。

ここから先は

0字
この記事のみ ¥ 199

それでも地球は回っている