大銀杏〔せきぞう、さんへのお礼作です〕

ああ。
銀杏よ。
ここにいたのか。
ん?
私を見忘れたか?
私は公暁(くぎょう)だ。
ほんとは『こうきょう』というのだがな。

鶴岡八幡宮寺別当、つまり一番偉かったのだぞ。
え?
定暁?
それは私が出家した時の別当だ。
立派な人だった?
そ、それはまあな。
(私は違うというのか?)
おまえに隠れて、親の仇を討ったのだ。
首を獲って・・・え?
おまえではない?
おまえが逝ったのは平成二十二年(2010年)三月十日。
台風の被災で樹齢は一千年ともいわれていたのに・・・
え?
四百才?
二代目だったと!?
では相模(神奈川県)は四百歳の若銀杏を天然記念物に指定しておったのか!?

虚しくなってその場を去ろうとしたら、大銀杏がもう一言言った。

一つよろしいですか?的なそれはこうだった。

建永元年(1206年)、あなた様は乳母の夫である三浦義村殿に付き添われ、祖母であられる北条政子様の計らいによって、叔父上である三代将軍実朝様の猶子となられた。
そう。
あなたは義理のお父上をその手で殺められたのだ。
そのことは、そうも誇れることなのですか?

私は答えられなかったが思った。
たった四百歳の若銀杏が、私を詰問していいはずがない!
倒れた大銀杏(おまえ)の幹は切断され、移植され、幹の移植とは別に、根から新しい芽が出るように、もとの場所の穴が埋められて、整備されたと聞いている。
ひと月後には、根から新芽も見られたという。
おまえたちには明日があり、私の子孫は絶えたのだ。
こんな話があるか!

若い老木に寄り添うように、もっと年かさの老木が現れた。
年かさの老木は、ちらとだけ私を見、黙ったまま若者を促す。
二本の銀杏が去ってゆく。
新しく芽生えた銀杏はその年の六月、鎌倉で唯一だった県指定天然記念物から解除されたという。
いい気味だ。




それでも地球は回っている