私本義経 吉次動く

吉次


しばらくご無沙汰しておるうちに、義経様の周りは何やらどがちゃがしてもうた。
どうなるんやどうなっとんや。
うちの弟(おとと)は無事なんか?

案じとるうちに風向きどんどんおかしうなって、儂は店たたみ、洛外にひっそりと住もうた。
義経様とのご縁は、傍目にも知れとったし、いつかは詮議も来るやろ思たからや。
前の家訪ねたら、吉内だけは今の家わかるようしてある。
旅のもんにだけわかる符丁や。

世の中は変転してく。
あれだけ平氏の世だったんに、あっちゅう間に倒れた。
倒した木曽様も今は亡く、そして今、義経様がこうして追われとる。
義経様も逝かれるんやろか。
儂は弟を、いらん苦労にぶち込んだんやろか。
いらん苦労。
九郎だけに。
思わずちょっとにやついてたら、薄汚れた吉内現れよった。
開口一番は、

何。

やった。
しゃーないから、

よう。

と、小さく手を上げた。


大物浦の暴風雨で、散り散りなってもうて、とりあえず奥方様お守りして、洛外に宿らせた。
六条堀川?
刺客も来たんや。
あないなとこ、戻らせられん。
でもって奥方様、お子お宿りや。
気づいてからは気が気やない。
流れたら嫌やし、ともかくご無事に産んでいただかんと…
兄やん兄やん。
どないしょうー。

ったくわが弟ときたら人のいい…
義経様は静様と同船したんやろ。
郷様なん二の次やわ。
そんなのんに従うて、一つしかない命危険に曝すんか!

怒鳴られて初めて弟は、実情考えたそうや。

でもなあ。
儂は奥方様派やねん。
白拍子確かに綺麗なんやけど、どっかおかしな気もすんねん。
皆が白拍子守んなら、儂くらい奥方様に付いてもええやろ?

我が弟ながらほんとにこいつわーーーー。

だからおまえはおもろいっちゅーねん。
儂は吉内と郷様の今後について、策を練った。
このあたりにお隠し申しても、きっとすぐに見つかってまう。
縁あって縁のない場所はどこや。
ここから遠くて、朝廷や鎌倉とも、そこそこ独立を保てる…

そんな場所、あっこしかあれへんやん。

儂もだんだん年取って、遠方往復は苦しいが、もう一遍だけ行ってこよ。
恩返しのご奉公や。


平泉


秀衡様は儂の顔を見るなり、奥へ来いと手招いた。

かのかたは、いかにされておる。

とりあえずは、御無事だそうですが、落ちどころなく少々お困りのようです。

さもあらん。
緒方のところに辿り着けておれば、事態もいささか変わったろうが、今となっては繰り言に過ぎぬ。

こちらには、何やらしわ寄せは?

あらぬ。
わが地は京とも鎌倉とも、違う算段にて動いておる。

そう仰せると声を潜め、儂をもそっとと手招いた。

こちらに参らせよ。
一条の内儀の子は子も同然。
そう思うてきた。
これまでもこれからも。

お方様ご出産これあり、予後を過ごさせていただきたく存じますれば。

それでは館を用意しておこうぞ。
ただし、妻夫とも、途中誰何を受けたる際にはわが地は金輪際関わりなしと申すゆえ、そのつもりでな。

さすがは老賢、諸事抜かりない。
儂は挨拶もそこそこに、平泉を後にした。

それでも地球は回っている