フレズノ裕てんまつ②完結

※ 続きです。完結です。

木場「7番(青海)出て9番(裕)入ります」
 応援席がさっき以上に湧き、ついに裕がコードに立つ。
 笛!
 矢のように動き出す裕。
 ボールキープ中の今岡をマーク。
今岡「お。来たね美形君」
 無言でボールを狙う裕。
 どんなフェイントにもかかることなく執拗に今岡をマークする。
今岡「(じれて)シマノ!」
 仲間に回そうとしたボールを、裕がバネのようにカットして反転。
今岡「追えっ」
 全・然追いつかず、デカ物センターもかわされて、あっというまにポイントされた!
 引野中のメンバー全員唖然。
今岡「(きっとなり)取り返すぞ!」
 わーっと峰中ゴールに迫るが、またも裕にカットされ、得点されてしまう、その繰り返し。
 得点もぐんぐん跳ね上がり、既に追いつける範疇ではなくなっている。
 余裕していた今岡はもう顔色なく、目尻がきいっと吊り上がっている。

○峰中ベンチ
 応援するチームメート越し木場と青海、ベンチに並んで座っている。
 青海はタオルを使っている。
青海「ミサイルだな」
木場「熱線追尾型のね」
        ※
 イメージ映像。
 色調変えした試合風景に、ロックオンラインも入る。
木場の声(OFFで)「サーチして、ロックオンして命中。熱線追尾型だから障害物(相手チーム選手)も軽くクリアしてしまう」
        ※
青海「ていうかほら、古い映画の、」
木場「『十戒』?」
        ※
 イメージ映像。
 こちらはあの、モーゼが紅海を割るあのシーンのイメージに、裕のコースをつい開けてしまう相手チームメンバーの動きがWる。
青海の声(OFFで)「だーっと海が割れる、みたいに裕の進路(コース)が開く、みたいな」
        ※
青海「(木場の背中をドンとどやして)今回はけっこうイケるぜ!」
 豪快に笑う青海だが、木場の頬はさして弛まず、
木場「さあ。それはどうでしょう」
 ピピーッ!
審判「66対24。峰谷中学二回戦進出っ」
峰中応援席&チーム側ベンチ「わーっ」
 もうめちゃめちゃ大騒ぎである。

○峰中校内
 ~も大騒ぎ。
 男子生徒も廊下とか教室とかで、噂話に興じている。
 かぶって男子生徒たちの声(OFFで)。
男子生徒Aの声(OFFで)「聞いたか。バスケ部、二回戦三回戦もダブルスコアで勝ったんだってよ」
男子生徒Bの声(OFFで)「マジで? だって新人一人入っただけだろう?」

○練習する峰中チーム
 ~の映像にかぶって、男子生徒たちの声がOFFで続く。
男子生徒Aの声(OFFで)「校長とかPTA会長とかも狂喜乱舞でさー。優勝したらバスケ部専用の体育館とか作っちゃうらしいぜ」
        ※
 青海が部員に釘を刺す。
青海「…などという、出どころ不明の噂も飛んでるが、そんなのは俺たちにはかんけーねーっ。あくまで目標は、俺たち自身のレベルアップ! それ以外は考えるな!」
部員たち「おーっ!」
 天を突き上げる部員たちの拳。
 もちろんキャラクター的に、木場と裕はやっていないが、燃えている感じはちゃんと伝わってくる。
 だが、誰かが裕だけを、双眼鏡の輪の中に捉えている…
            
○峰中・校庭外
 金網越しにバスケ部を見ている少年は三人連れ。
 双眼鏡で見ているのが三上、他の二人が牧と野村(三人とも14才。キャプテンは野村)。
三上「あれが峰中の舞浜か。ただのカワイコちゃんにしか見えないが」
牧「人呼んで『峰中のモーゼ』。やつの通り道は、海を割るように自動的に開くそうな」
野村「別名『触れずの裕』」
三上「フレズノ? カリフォルニアの?」
牧「それは地名」
野村「やつの敏捷さ故に、誰もやつに触れられない。そこからついて『フレズノ裕』」
三上「ふううん…」
 黙ってしばらく、裕を観察していたが、
三上「ま、神童が一人二人出て来たところで、俺らの敵じゃないでしょう」
 と、手にしたスポーツバッグを肩に担ぐ。
 そこには学校名。
 『双龍学園中等部』とある。

○空
 ~に響く係員の声。
係員の声「えーっ!?」

○体育館内
 驚く係員の顔。
係員「じゃあ…あなたたち…今回もみんな…」
 「そおでえすっ!」
 と、声を揃える膨大な数のチアガール。
 先般にもいやます美醜太細高低人数のうち、本物らしいのは五人程度。
 チアリーダーがまたも困った笑顔で、
リーダー「バカバカしくなったレギュラーが、ゴソッとやめてしまって…」
 コート辺の峰中バスケ部員たちは、今回はもう呆れたりしておらず、試合開始をただ待って、入念にアップしている。
 裕、木場、青海もいる。
木場「今日勝てれば決勝ですが…」
裕「勝てれば?」
青海「優勝候補なんだよピカイチの」
裕「ピカイチ…」
 相手ベンチを見やる裕。
 相手チームのユ二フォームの綴りは『CS』。
木場「『クリストフ・シロガネ』」
青海「前の名前は松原台」
裕「松原台!?」
 裕の顔色が少し変わり、
裕「でも監督は変わったよね。沖野繁樹はやめてる筈…」
 二人の返事を待つより早く、裕は沖野を見つけてしまった!
 CSのメンバーの傍らに立ち、何やら指示している沖野(31才)を…
 長身の、なかなかのハンサムだが、見つめる裕の顔色は紙のように白い。
 よろよろと、よろめくように後ずさり、体育館の壁面に、どんと背中をぶつける裕。
裕「俺出ない。きょう出ない!」
 体育館を飛び出して行ってしまう。
青海「何いっ」
 木場もあっとなる。
 審判がコートに出てくる。
審判「準備はいいですか」
 青海も、あっとなる。
        ※
 審判が笛を吹き、試合が始まる。
 先発五人の中に裕は居らず、もちろんベンチにも居らず、なぜか木場もいない。
 応援席から湧く、戸惑いのざわめき。
女生徒A「裕さままたいない」
女生徒B「後で出るんでしょ? いつもみたいに」
女生徒C「でも、ベンチにもいないよ」
女生徒B「え?」
女生徒A「キャプテンもいない…いったいどーなっちゃってるのお?」
 彼女らの混乱など、今コートに出ている青海の戸惑いに比べたら…
青海「(ボールハンドリングしながら)裕…」

○体育館裏
 消却炉、駐車スぺース、物置等、ぱっとしない風景の中に裕と木場。
 木場はもともと冷静な質で、こんな状況下でなければ、何時間でも何日でも、裕の心の開くのを待てる男だが、何しろ今は試合の真っ最中。
 十分待ったと判断し、裕の背中に手をかけようと…しかけて手を止める。
 裕の背中がびくっと拒んだからだ。
木場「やっぱりそうなんですね」
裕「え」
木場「君は接触拒否症だ。誰にも触れられたくないんでしょう」
裕「…」
木場「『神風』だった頃は多分違った。普通のプレーできていた。でも今は違う。『フレズノ裕』は誰にも触れないで走ってるんじゃない。誰にも触れることが出来ないんだ」
裕「…」
木場「そしておそらく、その原因はあの男…」
裕「やめろ…」
木場「沖野繁樹…」
裕「やめろおおっ!」
 魂が引き裂かれるような叫びを上げて、裕は強く目を閉じた…

○体育館~回想
 小学生チームが、ミニバスの試合をしている。
 審判(県体育館の審判とは別)が、笛を吹く。
別の審判「16対33。松原台東チーム!」
 歓声を上げる子どもたちの中に裕。
 今より少し幼い。
 彼の部屋に貼られてある、あの写真の感じにより近い。
 喜びあう子どもたちを、コーチ沖野(今より少し若い)が優しく~とも見えるが、妙にクールな感じにもうつる~が見守っている。

○同・備品倉庫内~回想続き
 跳び箱、平均台、バレーボールのネット等、雑多に置かれた道具の奥、数枚積まれたマットの上に、軽く腰かけている沖野。
 抱え込むように胡座の中に裕を抱いている。
 その手はユニフォームの中に差し込まれており、裕の顔は赤い。
 裕にあるものは屈辱だけだろうに、沖野は明らかにそれを楽しんでいる。
裕「コーチ…僕…こういうの…やだ…」
沖野「とかいいながら、ほんとはけっこうキテんだろ?」
 裕の後ろ髪に顔を埋めている。
裕「僕…違…」
 構わずうなじにキス。
沖野「うちはガード余りだからさぁ、いつもお前を先発ってけっこうカド立つんだよね」
裕「…(ただもう放して欲しいだけ)」
沖野「でも大丈夫。俺がうまくやってやる。続けたいだろリードマン…」
 裕はNOと首を振るが、その唇をとらえてキスする沖野。
 裕の瞳は屈辱と、限りない恐怖に見開かれている。

○幼い子どものように泣きながら歩いている裕
 背景は、孤独そのもののイメージ

 そこに浮かび上がる裕の父母の諍い。
 (二人の顔は出さない)
 歩いている裕とは別に、母の膝に抱かれている裕もいて、父母の会話の高まりとともに、歩く裕は立ち止まり、場面からF.Oする。
母の声「(裕を抱きしめて)どうして届けちゃいけないんです。裕はひどいことされたんですよ」
父の声「恥をかくだけじゃないか! 女ならまだしも、裕は男なんだぞ!」
母「…」   
父「それに…」
母「(きっとなり)『それに』何です!」
父「…」
母「『相手は沖野建設の息子さんだから』ですか! そりゃああちらさんにはお世話になってきたけど! それとこれとは…」
 激しく泣く母。
 抱きしめられている裕は、既に今の無表情に近いが、それでも泣く母の顔にかかる後れ毛を、小さな指でそっと直したりする。
 泣かないで、というように…

○県体育館裏~もとの場面
 裕と木場がいる。
木場「結局届は出されず、君がミニバスをやめる形でコトは決着してしまった。けど、一度こじれたご両親の仲は戻らず、別れたお二人のどちらにも引き取られなかった君は、お母さんのご実家へ預けられた…」
裕「女々しい話だろ? 自分でももう忘れたと思ってたんだ」
木場「でも君の潜在意識は忘れていなかった。自分を守りたい気持ちと、消すことのできないバスケへの情熱が、君を『触れずの裕』にした…」
裕「とにかく! 僕はもう出ないしチームもやめる! そういうことだから!」
 と、ユニフォームを脱ごうとする裕の手を、木場、初めて明確な意図を持って掴んだ!
裕「(パニック!)放せ放っ、うわっ、あっあっあっ、あっ、あああああっ!」
 小児のようにめちゃめちゃに手を振り回した挙げ句に、ふっと意識を失いかけるが、
木場「(掴んだ手をぐいと引き寄せ、裕の目をまじっと見つめて、)逃げるのは終わりです。裕、お母さんの言ったとおり君は何も悪くないんだ。悪いのはやつだ。どうしてそんな君が、やつから逃げ回らなきゃならんのです!」
 これが木場かと思うほど、激しく一喝する。
 そんな木場の熱い気持ちがゆっくり、本当にゆっくり、裕の中へしみてゆく。
 焦点の定まらない目を一度閉じ、ややあって、美しい目をりんと開いた…
裕「(低く、だが強く、)わかった」

○県体育館内
 CSと峰中の試合が続いている。
 31対11。
 すでに第四クォーター。
 峰中がめちゃめちゃ押されている。
 ボールキープしている青海の、顔に激しい疲労の色。
青海「離されてくし、ファウルはかさむし、これでどう攻めろっつーんだよっ」
「あおみんっ」
「きた!」
 味方の声にえっと見やり、あっとなる青海。
 そう、フロアに二つの影。
 木場と裕が現れたのだ。
 どおっと湧く峰中応援席。
 ベンチの部員も総立ちで迎える。
木場「6番出て9番(裕)入ります」
 再び湧く応援席。
 裕と青海がいま、コートに並び立つ。
青海「(ちょっと睨んで)おせーぞ」
 審判の笛がピーッ!と鳴る。
 弾かれたように走り出す裕たち。
 ボールキープは裕。
 ツインでマークがついているが、意にも介さず抜き去る。
沖野「シュート来るぞ!」
 CSメンバーが警戒する。
 ところがゴール寸前まで行った裕、ノールックパスで青海に渡す。
裕「スリー!」
 青海が見事に決めた!
 沖野、CSメンバー「(愕然と)!」
 CSが峰中ゴールを攻め始めるが、裕がいきなり横合いからカット、またも青海へパス!
 ザスッ!
 また三点のシュートが入った!
沖野「くうっ!」
 ハンサムな顔を歪めて悔しがる沖野。
 その間にも裕は見事に動き、自分に引きつけては青海に、青海に回すと見せかけては自分でシュートを重ねてゆく。
 CSが振り回されている間に、得点差はぐんぐん縮まり、今は何と43対41。
木場「よし! あと1ゴール!」
沖野「死んでも取らせるな!」
 CSメンバーも死に物狂いでボールを守っており、残り四秒、敗北は決したかに見えたが…
 一瞬の隙をついて青海がCSから奪い、
青海「裕っ」
 スリーポイントラインの外でキャッチし、ゴールを狙う裕。
沖野「打たせるな!」
 CSメンバーが裕に走り寄り、シュートさせまいと腕を上げる、中の一人が不運にも躓き、ほとんど正面から裕に突き当たった!
裕「!(ギクッとなるが)」
木場「(強く)舞浜!」
 触れられたショックより、今はシュート!
 アンバランスなまま裕が押し出したボールは、弱々しい奇跡を描いて、それでも見事にネットに吸い込まれた…
 ピピーッ!
審判「43対44。峰谷中学決勝進出!」
 「わあっ」
 激しい歓声が裕たちを包み、ベンチから応援席から果てしなく、峰中の生徒たち面々がコートへなだれ込んでくる。
審判「(怒った声で)君たちこら! 体育館シューズをこら! コートは土足はこら! うわあっ」
 審判もひとのなだれに呑まれてしまう。
        ※
 とっ散らかった館内を、裕たち峰中バスケ部員たちだけが、ボロボロの姿で片づけている。
青海「なんで俺たちだけー」
木場「しょうがないでしょう? 飛び出したの全部うちの学校のメンツだったんだから」
 裕をちらと見る。
木場「大丈夫ですか」
 無言だが、こっくり頷く裕。
 相手側ベンチでは黙々と、引き上げる準備が進むが、沖野一人、ハンサムな顔を醜く歪めて悪態をついている。
沖野「ったくよー、手塩にかけてやったのによー、こんな無名のクズチームに負けやがってよー」
 CSメンバーはうなだれている。
 かなり気持ちを傷つけられているのが見て取れる。
木場、青海「…」
沖野「おい、そこの華奢なガード」
 と、突然裕に声をかける沖野。
 裕、ビクッと身を固くした!
沖野「どっかで見たよーな面だと思ったら、てめぇ、松原東にいた津北じゃねーか。何で違う苗字名乗ってんだよ」
 言いつつ近づいてくる。
沖野「ひょっとして嫁にでも行ったかァ? ミニバスの頃からめちゃめちゃ可愛いかったからなー、この坊やはよ」
 と、裕のおとがいを取って自分の方に向かせようとする…その時!
 青海が沖野にパンチを見舞った!
 三メートル近く吹っ飛び、茫然となっている沖野に、青海、クールに一言、
青海「うちのガードに気安く触んじゃねえ」

○抜けるような青空

○校庭
 種々の部活動が行われている中、バスケットボール部も活動中。
 木場、裕、青海もいる。
青海「今日も元気だ部活が楽しいっ」
木場「(ちょっと皮肉に)それ言いますか? 決勝の日に」
青海「やっちゃったモンは仕方ないだろ」
木場「勝利剥奪。繰り上がってCS、クリストフ・シロガネ決勝進出。あーあ‥」
裕「俺のせいで…」
 顔を曇らせるが、
青海「おまえのせいじゃ絶対ない」
木場「このバカがやらなかったら絶対僕がやってました」
青海「おまえがァ?」
木場「僕だってやるときはやるんです」
裕「そう…キャプテン、熱いと怖い」
木場「怖くはないでしょう」
 心外そうに言っている。
木場「でもやりたかったですねえ双龍とは。めったにないチャンスでしたから」
裕「双龍?」
青海「双龍大付属双龍学園中等部。全国優勝したこともあるんだぜ。…って、そっ、双龍っ!」
 青海の指差す方向、他校ジャージがやってくる。
 引野中・今岡と、双龍学園中等部、三上、牧、野村、ほか三名ほど。
 青海たちは茫然。
木場「きょう…決勝…」
今岡「あんなとこ相手に三上さんとか出ると思ってんの?」
青野「でも何でここに…」
今岡「本物の決勝やりたいんだと。俺立ち会い人ね」
野村「青海君ですね。準決見てました」
牧「余興もね。いいパンチだった」
 青海ちょっとイラッとするが、
牧「俺もあいつ、昔から大嫌いだったからさ」
 ウィンクされ、ま、いいか、みたいな表情になる青海である。
三上「新人のセンターとオールラウンドプレーヤー試したくてね。相手してくれるかな」
 木場、青海、息を呑み、次の瞬間、
木場、青海「喜んで!」
青海「ほら裕! アップしてアップ。磯野、中島、こっち来い!」
木場「あおみん、ソコ僕仕切るとこ…」
 木場たちがワチャワチャしている横で、バスケットシューズの紐を結び直している裕に、三上が近づいて言う。
三上「フレズノの実力見せてもらうぜ」
 裕、きょとんと三上を見る。
 木場がかわって説明する。
木場「もうフレズノにはいませんよ。舞浜押せますし当たりもイケますから」
三上「克服したんだ。やるじゃん」
野村「ますますたのしみになってきましたね」
 笑顔の中に闘志が湧きたつ。
 今岡が高らかに宣言する。
今岡「そんじゃおっ始めよーか!」
 峰中生徒たちがわらわら寄ってくる。
女生徒E「試合なの?」
女生徒F「みたいだね」
 野次馬が増えてくる。
 センターサークル。
 青海と牧が向かいあう。
 今岡が今ボールを投げ上げる。
 青空にすいこまれていくボールを、明るい瞳で見上げる裕で、

               完

それでも地球は回っている