銀木犀の恋~終章~②完結〔R18指定有料作。18才を迎えるまではお読みになれない一作です〕

※ 数日間全文無料で読めます。


銀木犀の声の意識は、私とエイダの間に実体化しつつある。
塩で形成されている。
私が床に撒いたもののうち、白いものだけが舞い上がって“彼女”になってゆく。
エイダが触れて黒こげになった塩は、一粒も舞い上がらない。
純白の、“彼女”が出来上がるのには一分かからなかった。
実像の(ような)エイダと、純白の(塩の)エイダ。
どちらも銀の瞳持つ。
けれど印象は真逆だ。
肉体持つエイダは美しくも禍々しく、白いエイダは恐ろしいほどに気高かった。
不意に私はエイダ、いや、銀木犀が命を終えかけているのに気づいた。
かつて植栽を扱っていた私の、職人の勘の名残かもしれない。
そして命の瀬戸際だからこそ、“彼女”はこの上なくピュアになっているのかもしれなかった。

どきなよロートル。
そいつはあたしのもんだ。

生身のエイダはおそろしく下品になっている。

あたしが受粉したら、今度こそ人間になる。
モクセイでもヒイラギでもない、こんな自分はいやなんだ。
人間になりたいんだ!

そう。
あなたはそれだけ。
私とは、全く違う。

白いエイダがつぶやくように言う。
確かに。
私もそれは感じていた。
銀木犀はいつも必死だったが、その心根には愛を感じていた。
だからこそ、毅然とは断ち切れなかったのだ。
けれどエイダは違う。
私を慕わしく想っているようには感じられなかった。
だから応じる気にはなれなかったのだ。

いいじゃないのよ、あなたももう十二分生きたでしょ?
あたしに人間の魂ちょうだいよお!!

突然エイダが頭頂部から一気に真っ二つに割れ裂け、中からトゲトゲの、いかにもヒイラギ然とした枝の束が、がっと私に巻き付いたが、塩のエイダが枝たちに触れると、たちまち枝らは後退した。
どの先端も焼け焦げている。

なんでじゃまするの!
たかが人間じゃないの!!

半分人間、半分枝の、奇怪なエイダが絶叫する。
白いエイダはひるむことなく、両の手をかざすようにしながら、ヒイラギモクセイに正面から迫ってゆく。
ヒイラギモクセイに触れた部分の塩は黒く変色し、脱落してゆく。
そう。
銀木犀は、我と我が身を焼き焦がされつつ、対手を焼いているのだ。

銀木犀!
このままではきみが!

我知らず、思わず叫んでいた。
前を向いたまま、ほころぶ声で“彼女”は応える。

案じてくれるのね
嬉しい
ちょっと遅すぎるけどね

そしてヒイラギモクセイにも優しく言う。

眠りなさい我が子。
私の邪恋のなれの果て。
せめて私の腕のなかで。

うるさい!
あたしは!
あたしはこの男を!!!!!

あがくヒイラギモクセイを、白いエイダが包み込むように・・・


さよなら
私の愛しいあなた


ささやくような思念を残して、白いエイダはヒイラギモクセイとともに燃え落ちていった・・・





それ以来、私に怪異は起きなくなった。
嫁はただの嫁となり、オミクロンを最後にコロナにもかからなくなった。
塩だらけのベッドの件は、かろうじてうまく隠せたが、妻は時々、

寝具がざりざりするわ

と愚痴を言うようになった。

気のせいだよ

と私はごまかし続けてきたが・・・



今日、私は見てしまった。
料理する妻がうっかり食塩を手に振ってしまったのを。
食塩がみるみる黒く焦げ落ちたのを。


妻も、何かの異形なのだろうか。
それでも。



私はこの女を。


この上なく愛しているのだ。


この上なく。



私の視線に気づいたのか、妻は振り向き、にっこり笑った。


とても妖艶だった。



                完



銀木犀のシリーズ・全四本

始まり↓

続きは↓

さらにその続きは↓


そして本作になります。

大変手間取ってしまいましたが完結です。

ありがとうございました。

ここから先は

0字

¥ 400

それでも地球は回っている