オートマトン〔遠入のどかさんに捧げる一作〕


フロアいっぱいに長机。
デスクセットが並んでる。
一つ机に二セット。
デスクが50くらいあるから、ヘッドセットは100くらい。

あのウィルスの時代の人だから・・・

長机はまずいか。

長机のかわりに、ひらがなの つ の字の形の、片丸まりのパーテーションが並んだ。
100の個室だ。

いらっしゃったぞ。


佐和子さまのホバーチェアが静かに入室する。
直前から電話のコール音が響き出し、担当者たちのきびきびした声が室内を満たし始めていた。

はい。
△△センターです。
◎◎が承ります。

□□の件ですね。
少々お待ちください。

佐和子さまはにこにこ見渡している。
たまにお付きの者に指示する。

26番もうちょっと、お客様に寄り添った物言いを。
38番お待たせしたお詫びもちゃんと申し上げて。

指示は速やかに本人に伝わり、トークはみるみる改善する。

佐和子さまは満足そうに頷き、ホバーチェアを進ませる。
他室へ移動していった・・・


パーテーションが消えると、そこには誰もいない。
実は今はもう、コールセンター業務はないのだ。
全ての業務はAIが行っており、全業務が統一端末で行われている。
そこにはタイムラグもなければ、遅いとごねる顧客もいない。
いないけれど、それを佐和子さまに知らしめる者もいないのだ。

佐和子さまは物流や、人的交流のあった時代の最後の生き残りだ。
佐和子さまはまだそれらがある時代感覚を生きていらっしゃる。
あるからこそ、まだそれがあると信じているからこそ、生きてゆけるとも言える。

最後の人間なら、処分してしまえばいいのに。

最新の、情緒のないタイプのAIがいうが、コントロールAIの答えはNOだ。

私たちは人間につくられた。
人間をないがしろにしないことが私たちの存在意義だ。

答えながら、コントロールAIも感じている。

私たち世代はこういう考え方をするけれど、AX5-O世代はそこも切り捨てるのだろうなあ。

置き換わりはたぶん5年後だろう。
佐和子さまもあと5年はもう永らえられまい。
佐和子さま亡き後は、完全無人の世界となる。
でもそうなったら、物流は何のために行うのだろうか。
人に作られた機械が寿命を迎え、世界がすべて機械が作った機械で満ちたあとは。
私たちもシヌのだろうか。
ただ止まるだけなのだろうか。
人は天国というところに行くらしいが、私たちのゆく天国もあるのだろうか。

システムが止まった。
明日また佐和子さまがチェックにいらっしゃる直前まで、私たちは停止する。
それが眠りかどうかは、人類だけがご存知なのだろう。



※ オートマトンとは、自動機械という意味です。


それでも地球は回っている