私本義経 戦士合流

弟ら


戦わずして勝者となった武田信義は、そのまま駿河国を支配することとなった。
せっかく進撃してきた吾らとしては、このまま西進したいところではあるが、まだ東国をまとめたばかりでもあるので、まだ深追いの時期ではないとみている。
褒賞もせねば。
先々を考えつつ、黄瀬川の陣を畳もうとしているところへ、何やら警備が揉めている。

どうした。

全成が吾に囁く。

甲斐源氏の将が、郎党らしきを連れ来ております。

甲斐源氏の将が?

源氏どうし協力しあえるならするに越したことはない。

ここへ呼べ。

やっと二十才といった若造が、五、六人の供とともに現れる。
連れ来た甲斐源氏の将は今少し年かさで、何やら面差しが…

はっとなった吾の傍らで、全成もまた瞳見開いた。

よもやおまえは牛若か?

若者の頬が、照れを含んで緩んだ。


源氏


私たちも驚いた。
甲斐源氏の将と呼んでいたあの若侍もまた、義朝殿のご落胤だったのだ。
藤原範頼殿。
京の公家、藤原範季殿に養育されたため藤原姓だが、もともとは、遠江国池田宿(現・静岡県磐田市)の有力者の孫であると聞く。
遠江(現・静岡県浜松市)の、蒲御厨で育っておるので蒲冠者(かばのかじゃ)、蒲殿(かばどの)と呼びならされて育ったお子だという。

かすかには聞いておる。

よう参られたと続くだろう頼朝殿の言葉を、主が一瞬遮った。

私の兄者であらせられたか!!

とても嬉しい声音だったが、頼朝殿の顔色がさっと変わった。
いけない! と思ったが、主は全く気づいておらず、鎌倉殿の傍らの、実兄にまで声をかけたのだ。

兄上様におかれましても御息災、お慶び申し上げます。

全成殿も露骨に困っている。
座は真冬のように凍りついたのに、主だけが気づいておらぬ。
だが。
さすがに鎌倉殿は大人だった。
杯を取り、範頼殿に差し出した。

一献、受けられよ。

範頼殿『だけに』差し出したのだが、主は全く気にもとめず、にこにことそばで見守っているばかりだった。


よう参られた。

たったこれだけの語数を待てぬ我が弟。
若気の至りか侮りか。
何にせよ無礼が過ぎる。
叱っておこうと寝所へ向かう。
果たして寝所の前には、義経が供の者が一人、僧形のが控えていた。

阿野全成様。
お噂はかねがね。

そういうおぬしは武蔵坊弁慶であろうと察するが。

いかにも。
ふた筋血のつながった弟君殿との再会はいかがでござったか。

血が騒いだ。
されどそれ以上に、我が弟の非礼に心騒いだ。

嫡流のご三男、ですか。

ああ。
儂は既に弟として臣従しておるし、嫁御の妹御を妻としていただいた。
身の程をわきまえていたからじゃ。
なのに同母弟(いろど)があれでは困る。

言いながら、恥を感じてはおる。
令旨はどの源氏が奉じても良いのに、儂は鎌倉殿をその人と決めてこの陣にたどり着いた。
初手から己がてっぺんに立つことは諦めていたのだ。
だがそれは、牛若とて同じだろう?
だからここにきたのだろう?

まあ見ておらっしゃれ。
主はあなたとは違うのだ。

弁慶は言って場を離れた。
どう違う?


腹違いの弟が、武蔵坊弁慶と言の葉を交わしていた頃、吾は先般の末子の非礼に、身内震うほどの怒りを覚えていた。
いともたやすく吾の語るを遮った、『末弟』、義経。
九年もの間、清盛と起居をともにした者。
これを末弟と思うは正しいのか。
血肉入れ替えられて、魂、平氏に入られておるのではないか?
現に此度、維盛を逃しておる。
たやすく殺せたのではないのか。
どうなのだ?


ひとつところに兄弟(けいてい)が揃った。
にもかかわらず安寧はほど遠い。
何かが不安定である。
何とは知れぬ何かが…


それでも地球は回っている