私本義経 軍勢

吉次と義経


すごいな。
義仲軍に宿舎を。

ほんに困っとられましたんで。
それに様子も知れると思たんで。

確かにな。
どんなだ。

水島の敗戦に、軍全体が打ちひしがれてますわ。
法皇さんとの仲も芳しくおまへん。
鎌倉さんの軍が来たら、自分ら放逐される思とられますし。

兄上が?
来られるのか?

いつも通りですわ。
代官立てて果たさせる。
今度は範頼はんみたいでっせ。
でも数は十万軍勢だとか。
範頼はんが総大将やったら、武田様も、安田様も鎌倉さんに付きまっしゃろ。
木曽はんの軍どんどん細っていかれるでしょうなあ。


木曽義仲。
父の弟の子。
お父上は父の長子に討たれたというに、鎌倉との軋轢で、我がほうにご子息、人質として差し出しているのだという。

北陸さん奉じたんに、天皇さんにはできひんと。
でもって平氏の追討だけ仰せつかって。
木曽さんめちゃめちゃ貧乏くじや。

炊き出しは続けてる。
日に日に木曽兵が増えるが、ほとんど同じ顔ぶれではない。
ここで食事をした木曽兵は、そのまま国へ帰る者が多いと聞く。
人間らしく暮らしたくなるようだ。


範頼と義経


数日を経て、ついに範頼兄上と軍勢が来た。

副官に誰をつけられたと思う。
梶原景時だぞ。

とても胸が悪いと言わんばかりの言いっぷりだ。
どんな御仁だと弁慶を見やると、

元は平氏の代官です。
石橋山の敗走の際に、鎌倉殿を海際の洞窟に匿った。
無事逃れられたら見返りをと願った。
それで今は鎌倉殿の右腕です。

上にペコペコ、下に威張り散らす、よくありの御仁さ。
まあ義経が一緒だから、そこだけは救いだな。

範頼兄上はからからと笑った。
まるで遠足に行くほどの、気軽い笑いだったが、尾張国墨俣渡にて御家人らと先陣争いが起き、乱闘になったことが頼朝の耳に届き、ド叱りの文が届いたという。

お叱りじゃねーんだ。
ド叱りだぜ?
乱闘ったって、小競り合いくらいのもんだ。
おおかた梶原が、まことしやかにご注進だろ。
ほんと忌々しい。

範頼兄上はお変わりでない。
なんだかちょっとほっとする。

だが炊き出しはやめたがいい。
(梶原が)なんて告げ口するやらわからぬでな。

名だけめちゃめちゃ声を声を低くし、茶目っ気たっぷりに兄が言う。
出撃は、いよいよ明日である。


遭遇


炊き出しは続けたい。
だが木曽兵は外せという。
着衣で見分けるのか?
おまえは木曽兵だからやらぬというのか。
悩ましいことだ。

まだあるかな?

片づけかけているところに、木曽兵らしき人影が差した。
武者笠を目深にかぶり、少し欠けたかわらけを持っている。
弁慶に目で示す。
粥を掬う杓文字だか杓子だかわからんもので、鍋の底をこそげてよそう。
笠の男はゆっくりと、かわらけを口許に運ぶ。

よい味だ。
だしはなにを使っとる。

わからぬ。
御所のまかないの残りやら何やら、適当にぶち込んでおるから…

主殿!

たずさのごとき跳躍で、弁慶が私の前にとびすさってきた。
手には大杓子を持ったままだ。
投げ捨てて身構える。
左右に吉内と佐藤弟が立ちはだかる。
背後には佐藤兄。
笠の男に殺気はなかったが、手練れの気配は確かにあった。

人違いでなければ、従兄殿か。

いかにも。
互いに初見だな。

互いに押し黙る。
いうべき言葉が見つからない。

御父君が先に仕掛けてこられたと聞いている。

とでも?

なぜ我が兄の傘下に参じなかった。

とでも?
いや、従兄殿のお立場で、どちらも選べたわけがない。
と。
従兄殿が口を開かれた。

俺んとこの兵にも飯、ありがとな。
たぶん俺らは狸から、おんなじ宣旨の文もらっとる。
それでも戦わにゃな。
どっちかしか、残れねえ。

従兄殿も後方にとびすさる。
そこには三人の男と一人の女。
あの日お堂の前にいて、北陸宮と去った者たちだ。

木曽殿ですか。

ああ。

明日はもう、炊き出しどころではなくなると、改めて感じた。
生きて戻れるかさえわからぬ。

それでも地球は回っている