受領

受領メールが来た。


この度はご応募ありがとうございました。

担当・二岡靖史


私は出してない。

誰かを間違えたんだろう。

返信した。


私は出してないですよ。


すぐ返信が来た。


ご冗談を。

ぴったり2000字で、律儀な書き手さんだなあと。

届いたのは26日です。

二岡 拝


26日。

立ちくらみがひどくて寝ていた。

何の支度もできなくて、夫に殴られた・・・


私じゃないです。
絶対私じゃない。


困ったなあ。
じゃあ読んでみますか?


メールに原稿が添付されていた。
でも開かなければ良かった。
そこにはただただこうあった。

あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは・・・

2000字全部そうだった。



募集した出版社に行った。

二岡さんいますか。

受付が青ざめる。

二岡という社員はおりません。
過去一度も在籍した事実がございません。

でもこれ!

メールを見せようとしたけど、メールはなかった。

どういうこと?

二岡。
原稿。
存在しない社員。
存在しない作品。
私が出したことになってる・・・

あなたにも、二岡からメール来たんですね!?

40くらいの女性に声かけられた。

私にも来たんです。


砂塚さおりと名乗るその女性は、自分のスマホを見せてくれたが、やはりメールは見えなかった。

2000字ぴったりで、最初はお礼のメール。
送ってもらった添付も同じ、きみの悪い文字羅列・・・

二岡はいる。
出版社は隠してる。

あるいは、

二岡はいない。
いない者が業務をしてる。

あるいは、

私たちがおかしい・・・?



帰宅して、パソコンを開くと、あけぼの書房から連絡が来ていた。

いただいた原稿が単文字羅列でした。
いたずらは困ります。
もともと中川さんの紹介で原稿お願いしたのです。
あなたには、恩もゆかりもない。

ああ。
そのとおり。
だからこそ私はあけぼの書房と仕事がしたかった。
喉から手が出るほど、その仕事がしたいのに、単文字列送るわけないじゃないか!

単文字列・・・

私の送るメールが、全部単文字列らしい。
えりせ出版も、ラブライフ社も、単文字列送るなと言ってくる。
ネカフェから送ってもダメだった。
そのうちネカフェの受付も通らなくなり、通常の買い物の、クレジットカードのサインアップまでが単文字列だとしてはねられるようになった。

砂塚さおりとのメールのやりとりもできない。
互いに単文字列を送り合ってる形になってしまうからだ。
電話なら?
電話もだめだ。
携帯の電話番号は0から始まる。
だから互いに000ー0000ー0000と打っていることにしかならない。
だれとももう、コミュニケーションがとれない。
そして最後の時がきた。
宅配の応対に出た自分のことばが

ははははははははは

だったときに、私の全ての希望が潰えた。
この記録もあなたの目には、はの字の羅列かもしれないのだ。




何なんだ。
今回の募集結果は。
大半の応募作が意味不明の文字列ばかりだったっていうじゃないか。


サイト応募だからですかね。
体裁さえ守れば、だれでも応募できる。


おふざけだってか?
みんなそろって“あはは”だの“だはは”だの送ってるっていうのか!?


悪質すぎますよね。
ちゃんと小説になってたのは、二岡靖史ってやつの『受領』だけです。


どんな話だ。


二岡はうちの編集部員で、今回の募集の受付をしてるんです。
受領確認の連絡を取ってるんですが、あるときから送信されてくる原稿という原稿が、

単文字列だけで2000字

というものになっているのに気づく。
報告しても上司は取り合わない。
困って送信者に問い合わせてもラチがあかず、ついには応募作は全部白紙で集まってくる。

どういうことだこれは!

って、上司が二岡を怒鳴りつけるんだけど、上司、ここで気づくんです。
うちには二岡なんて編集スタッフいないって・・・


上司はちょっと戸惑った顔になる。
ああまさに今、かれは僕の名を思い出そうとしている。
思い出せるわけがない。
僕はいないのだから。
そう。
僕こそが、存在しない編集スタッフ、二岡靖史なのだから。

上司はたじろいで、二歩後ずさった。
絞り出すような声で言う。


白紙より、


単文字羅列のが印象が怖いぞ。


言ってる間も後ずさり、ついには走って逃げて行った。
廊下の端の窓が開いていて、つんのめったかれは窓から落ちていった。
小うるさいやつだった。
これで僕の作品だけが、唯一の応募作だ。
改めてディスプレイを見ると


カーソルが今まさに、エンドマークを消すところだった。

ま!待て!

カーソルは待つことなく、すごいスピードで原稿を消していく。
僕のまで白紙になるのか!?
白紙!?


白紙より、




単文字羅列のが印象が怖いぞ。


あのやろう!
僕のは砂塚たちのより、もっと面白くないとでもいうのか!?

怒ってる間にも、僕の作品は消えてゆく。
僕もカーソルに消されてゆく。
最後の一字とともに、いま僕もかき消

それでも地球は回っている