私本義経 北行

母上

つつがなくおいででしょうか。
私こと牛若は、鞍馬寺に居られぬほどの粗相をしでかしてしまいましたが、母上の新しきお連れあいのお取りなしで、平泉に入れるとの由、誠にありがたき幸せです。
今一人(いちにん)の供を得て、北へと向かっておりますが、下々の暮らしを詳らかに目にしてはこなかった私ゆえ、日々がとてつもなく新鮮です。
供の者はべんけいと申し、八尺を超える偉丈夫です。
世事にも長けておりますので、ご心配には及ばぬと思います。
平泉につきましたら、またお便りいたします。
くれぐれもご自愛くださいますように。

で、日付、署名で良いかな?

知りませんよ。
母君様へのお手紙なればお好きにお書きになればよい。
されど。

ん?

なにゆえ我が名をかな書きに?

本字知られて呪術(まじない)かけられては困る。
おまえは私の懐刀だから。

本気で思っておられるなら、体格も書かぬはず。

それはー。
自慢したかったからー。

一事が万事。
我が新しい主は、何事につけても行き当たりばったりなところが多かった。
だが私にはそのざっくりさが快かった。
この大きな身体やら、厳つい顔立ちの故に、私は何かと疎まれ恐れられてきたから。
鬼一法眼殿でさえ、私の長刀の届く範囲には立たなかった。
私の懐に飛び込んできてくれたのは、後にも先にもただ二人。
たずさと牛若様だけだったのだ。
いつか傍らに立ってくれる誰かのために強くなる。
その一心で来た私の新たなる主。
牛若様を知れば知るほど、私の希望は膨らんでいった。
まず、出自が明確である。
今専横をきわめる平氏でなく、源氏の、一度は平氏に牙剥いた源氏のご一族なのがよい。
嫡男嫡流なればまた別の意味で鼻持ちならぬだろうが、傍流の小僧っ子だというのがまたよいのである。
武術の覚えもめでたく、何よりたずさばりに身が軽いのに刮目している。
そして何より気に入っているのはかのお方の、戦術の閃きだった。

それでも地球は回っている