10月13日 引っ越しの日

曖昧


私たちは別れていない
と奥様は言う。
27年も会ってなくて、うちの子が21になってるのに、心はまだ正妻でいらっしゃる。
わらう。
子もない。
夫も傍らにいないのに、あなたが正妻?
七年で失踪宣言出るんですよ?

高晴は、

法的なものだけが彼女の支えだから

と、

あのままでいさせてやってくれ

と言うばかりの日々だった。
娘も息子も法律上の事柄に泣かされた。
それでも耐えてきたのは、奥様の孤独がわかるからだ。
子をなせぬ女はひとではない。
そうあつかわれてきたのだ。
私が子をなしたため、畑が悪いことにされた。
孤独。
せめて遺産は、全部彼女でいいと……思った……

彼女が先に逝き、本家の遺産が全部こちらにきた。
私は泣いた。
なぜ泣いているのと高晴は聞いた。
わからなかったけど、私はひたすら泣いた。


孤独な人は敵ではなかった。
むしろ孫を抱きにくる、高晴の両親が嫌いだ。
もちろん顔には出さない。

結局私たちは、ついに本宅には引っ越さなかった。


10月13日 引っ越しの日


引越専門協同組合連合会関東ブロック会が制定。
1989年(平成元年)。

1868年(明治元年)のこの日、明治天皇が京都御所から江戸城(現在の皇居)に入城なさった。
これは遷都だと思うのですが、遷都ではないらしい。
京都の人のよく用いる言い回しでこんなのがあります。

「天皇さんは『ちょっと行ってきますわ』言うて関東へ行かはっただけでいつか戻ってきゃはるんやで」

大久保利通は大阪への遷都を考えてたらしいし、東京は首都です! と正式に表したものはないらしいのです。
日本てこんなことばかり。
君が代は国家じゃなく、相撲は国技じゃない。
何でこうなんだほんま…

でもこの曖昧さが戦乱とか回避させてるのも確かみたいで。
いつか戻ってくる、から150年。
すごい国だわ。


それでも地球は回っている