私本義経 佐藤兄弟

郎党が一人(いちにん)増えると、妙なもので、弁慶とごろごろしても居られなくなり、弓だの狩りだの剣の稽古だの、日々がにぎにぎしくなった。
我ら三人が体を動かしていると、秀衡様のご家中の者たちも教わりたい、と来る。
弁慶は武芸百般何でも出来るが、私の武芸はたずさに習った体術だけだ。
ご家中の者たちや、吉内と一緒に習う側になっている。
まあ、身の軽さだけで大将は務まらなかろうし、弁慶に学ぶ武術は新鮮かつ大胆で面白かった。
弁慶は意外にも褒め上手で、そこの筋がいい、あれの動きがいいと、美点を見出しては褒めてくれる。
褒められたがりが集まって、中庭はちょっとした、武術道場のようになってしまっていた。

その日ふらりと立ち寄られたのは国衡様だった。

精が出るな。

お恥ずかしい。

私は赤面する。

不肖の将とて今更郎党に技を習っておる始末です。

だが、せぬよりは十倍よい。
太刀筋も日々鋭くなっておるし、足の運びも洗練されてきておる。
であろう?
弁慶殿。

弁慶は片膝ついて控え、

左様にございます。
我が主には果てしなく延びしろがございますれば。

大げさに言うでない。

私は慌てて制したが、国衡様はお気にされなかったのか、次の話題に移った。

では弁慶師範に伺おう。
そこにおる我が家中の者らの中では、どのもののふがお気に召しておる。

弁慶は、控えたまま、面々を見渡しもせずに答えた。

佐藤家の。

兄か弟か。

ともに。
兄は特に反射が鋭く、弟はなかなか豪胆であります。

左様か…

国衡様は少し考える顔つきになられたが、すぐ柔和に笑んだ。

継信、忠信。
父上からのお達しじゃ。
そちらは今日より義経様の警護に加わるがよい。
義経様は今はここにおられるが、近々遠出『されるやもしれぬ』。
『その際には必ず随行し』、『御身毛髪一筋までも守り抜くよう務めよ』。

意味は一目瞭然だった。
佐藤兄弟も理解したようで、その場にさっとともに控えた。


世の流れが、私を動かそうとしている。
金売吉次の言いようでは、今はまだ平氏の勢いが強い。
全成兄上と義円兄上が各々に、預け置かれた寺を出奔してしまっていることでもあり、私も既に鞍馬を出ている。
これらの動きは別々のものなのだが、平氏は決してそうはとるまい。
つまり我々は、望むと望まぬとに関わらず、どこかの軍につかなくてはならぬのだ。
育ての平氏か、血縁か。
血縁の中なら木曾か鎌倉か。
しかも全成兄上は、既に鎌倉を選ばれたご様子。
然らば弟である私もまた…

心は決まった。

それでも地球は回っている