テリヴェ〔一人芝居用台本〕

     MさんとMさんへ
     心からの感謝と友情を込めて


        一

中央ピンスポ
浮かび上がる女検事
きりっとした雰囲気
後ろにまとめた髪
内に秘めた女らしさを職業人としてのプライドが覆い尽くし、りんとして美しい
被告席と一目でわかる上手側の柵と、そこにいると思われる下手側の閻魔

(あなたの視線で両者を感じさせてください)

りんとした表情で話し始める

 今ご紹介に預かりました検事の小松崎まいです。
 被告・箕田みのりの罪業(ざいごう)を周知し、なぜ彼女がいまここで裁かれねばならない羽目にいたったかを説明して参りたいと存じます。

水を一口飲む

 箕田みのり。
 31歳。
 岐阜県高山市出身。
 中学高校大学とジャパンレッドクロスに参加しつつ、全国各地の赤十字活動に参加。
 □年前の東日本震災の際には、既に内定していた会社を辞退して、避難所の方々のケアをしました。
 きめの細かい配慮と天性のやさしさで、たくさんの被災者の方に感謝されたのです。

 そこまでは順調でした。
 彼女は人助けを自らの生涯の使命と決め、それからもさまざまの災害現場に出かけて行きました
 人を助け、思い出の品を拾い集め、小さなこどもを笑わせ続けました
 ボランティア仲間を励ますのも彼女でした。
 もうこれ以上ダメってなった人も彼女と話して気持ちを建て直したりする場合が多く、彼女はいつしか災害地の女神というニックネームで呼ばれるようになりました。

 災害支援の現場で、有用な人という噂がひとり歩きするようになった□年目の夏、彼女はとあるNPOにスカウトされたのです。
 事務仕事を二年、そして三年目、現場のたっての要請で、カヌンガに派遣されました。
 マラリアが蔓延している中での、毎日の井戸堀り。
 やさしい彼女には子供たちがむらがります。
 テリヴェ。
 向こうの言葉で女神様。
 彼女はテリヴェであろうとし眠りも削って現地の人に尽くし、22日目に倒れました。
 マラリアではなく、現地特有の風邪でした。
 疲れてなければ命を落とすことなどない、軽い病。
 なのに命を落としたのは、勝手に疲労をためこんだからです。
 箕田みのり。
 あなたは有罪です。


         二


中央ピンスポ
茫然と立つみのり
質素なブラウス、スカ一卜姿
上着はなし
やせてやつれて目ばかりギラギラしている感じ

 有罪?
 有罪?
 わたしが?
 どうして?
 できる限りやったのよ?
 命まで差し出した。
 それでも駄目?
 どうして?

 私は内定も蹴った。
 自分の疲れを置いて人を思いやった。
 被災者もボランティア仲間も。
 なのにどうして私が有罪?

(長い間)

 カヌンガ。
 劣悪な環境の中での毎日の井戸掘り。
 現地スタッフは笑ったり休んだり。
 日本から来てる人たちもそう。
 一刻も早くきれいな水をあげたいのに、何かと休憩休憩。
 みんな待ってるのよ!
 休んでなんかいられなかった。

 アドビ。
 現地の七才の女の子。
 井戸はいいから遊んで遊んでって。
 私は井戸をつくりに来てるのよ!
 いちど手を振り払ってしまった。
 あれからアドビは寄ってこなくなり、少し離れてはにかんだ笑いをうかべるようになった。

 私のせいじゃない
 私のせいじゃ!

 私はやることやってる。

 やってる。


 夜も寝ないで掘った。
 岩が堅くて掘り進めない。
 器材が止まるほど大岩小岩がごろごろして。
 マラリア蚊も多くて、虫よけの効果もほとんどなくて。
 だんだん現地が嫌いに…

 嫌いに…


 嫌悪感押し殺して
 私…
 テリヴェでいようとした…

 山羊のミルク嫌い。
 とうもろこしパンも嫌い。
 包み蒸し焼きも!
 お寿司食べたい!
 ステーキ食べたい!
 炭酸飲料飲みたい!
 きれいな水のシャワー!!
 わがままが後から後から噴き出して。
 それをテリヴェの仮面で押し隠して…
 心二つなのだもの。
 ストレスたまるの当たり前。
 気がついたら。

 (咳込む)

 (激しく咳き込む)

 変な咳の風邪に…


 それで私死んだの?

 ゼーゼーして

 器材に寄りかかったまま


 倒れた…

(ものすごく長い間)

(ややあって顔を上げる)


 もう少し

 やりようがあったんじゃなかろうか。
 アドビには後でねって言えばよかったし、これキライも小出しに言えばよかったし、疲れたなら寝ればよかったのよ。
 それもしないで根つめて、自分だけ悲劇のヒロインして…
 私が器材に寄りかかったまま死んだせいで、作業はその分遅れたろう。
 その分水なくて困る人が…!

 あああああ!


 私…有罪だ…


 私が…
 作業を…
 妨げてた…


(暗転)


        三


 帳簿を手に立ち働くみのり
 現地スタッフのTシャツで、首には手ぬぐいをかけている
 ハツラツとして頬のこそげもない


 はいその物資は右の倉庫に。
 それは各自で持ってて下さい。
 だめですよ。
 私はこれから休憩です。
 休憩はしっかりいただきます。
 あっヌェンガ!
 アドビに言っといて
 夕方本読んであげるって
 あなたも来る?

本人OFF入る

(OFF)
 変な夢をみた。
 私は裁判にかけられてて、しかも有罪だった。
 目がさめたら、熱も咳もすっかりよくなっていた。
 判決は出てしまっているけど、控訴審で勝てるように、私はちょっとずつ自分を変えていっている。
 私はテリヴェはやめた。
 もうムリはすまい。


 だからそれは右!
 こっち!
 ライト!

  
 けんめいに指示するみのりでゆっくり溶暗、

               END

           


それでも地球は回っている