恋と職種と陰謀と。


カースト


この町は、分断されている。
漁業者、農業者、畜産業者が幅をきかせているために、会社員等の二次産業者が圧迫されているのだ。
美しい棚田や夕陽も観光資源だから、三次産業者も一次産業者に逆らえない。
そして俺は、最下層の二次産業従事者、サラリーマンだ。
東京の著名な大学を出た、他の土地ではエリートと呼ばれる部類の人種のはずなのだが、ここではただの“雇われ野郎”にすぎない。
そして俺のカノジョ、津岡さくらこそは、この町のA民、A級市民中の市民、津岡養殖の跡取り娘なのだった。
津岡養殖のメインは真鯛と牡蠣。
どちらも高級高額の食材として全国に名が通っている。
さくらの兄の寅一さんが、実際の漁にも出てるから、天然物の入手もたやすい。
このあたりで獲れる食材なら、すべて津岡でまかなえる。
だから津岡はこの町での発言力が強いのだ。

だーからさくらなん、無理だっつったの。

親友の、上條欅(けやき)がため息をつく。

俺もさ、さくらは嫌いじゃないからさ。

え?何言ってんのこいつ。
人のカノジョを狙ってんの?

そういうことじゃなくてさ。

欅は困り顔だ。

欅と私、婚約させられそうなのよ。

言いながら、コーヒーを運んできたのはさくらだ。
ここはカゲことカフェ・ド・△△△△、町に数件しかない若者のたまり場。
店主の姉川あさ美、菜々姉妹は、数少ないリーマン擁護派。
リーマンにも人権を認めてくれるオトナなのだった。

えーっ!?

えーっ!?じゃないわよ。
あんたがこないだうち、のんびり出張行ってる間にね、うちの親と上條んちが、なんか手打ちしたのよ。
海の業種と陸の業種が力を合わせてこの町を盛り立てていこう、だって。
海家と陸家で諍ってきた町だからね。
手打ちは確かにいいことだしさ。

さくら・・・

大丈夫よ修司。
あたしも欅も幼なじみの喧嘩友達にすぎないもの。
ただ、老人たちがめっちゃ喜んでるのがね・・・


気持ちはわかる。
人口たった六千足らずのこの町で、人々は、ほぼ家業の違いだけでもめてきた。
農業に負けるな漁業に負けるな。
どっちも生業(なりわい)にすぎないのに、互いで互いを貶めあってきたのだ。
海の男はありのままを獲るのだと、漁師は農夫を嘲り、養殖を始めた漁業には、農業のまねかと農夫らが嘲った。
でも結局そんな切磋琢磨のうちに、この町の作物も漁獲もすごい人気になったのだ。
真鯛も苺も肉牛も、全国から愛されてる。
この町は、もっと自分らを誇っていいのに・・・

九州の田舎町は自虐的だからね。

まして○○県だもんね。

ああ、海姫と丘彦が共感しあってる。
俺のさくらが欅にとられる、かも・・・!!!

俺は会社をやめることにした。


漁民になる


さくらさんと正式に交際したいです!

その一言でまず寅一さんにぶっ飛ばされた。
でもそんなことでめげてはいられない。

会社も辞めてきました!
俺ちゃんと海彦になります!
ならせてください!!

なんだかんだ言って、海族は人がいい。
俺は海の男見習いにしてもらえたのだった。

俺の評価が低いのは、第二次産業従事者だったからな面もある。
下仕事からこつこつがんばるうちに、俺の評価はあがってきた。
最初に俺を殴った分、寅一さんは俺を好感してくれたみたいで、何かと修司、修司と可愛がってくれてる。
寅一さんが目をかけてくれるから、周囲も割と好意的だ。
もともとの職場でやっていた事務系の業務に明るいのも歓迎されて、俺の未来は明るい感じだったが、当のさくらがお冠だった。

あたしに相談もなく何やってるのよ!

何って俺はおまえと結婚したいから・・・

そんで自分の仕事捨てて、兄貴にへいこら始めたわけ?
だったら兄貴と結婚しなよ!

それはさくら、あんまりだ。
俺はおまえんちの家業ごとおまえを愛そうと・・・

はっとなる。
俺また同じミス?

そうよ。
某大学受かったときにあんた、あたし残して上京できないって、危うく入学やめるとこだった。
あたし言ったよね。
そんなこと頼んでないって。
あんたには町に、都会の風運んで欲しかったから。
実際あんたが運んできたのは都会の風、都会の流儀。
なのにもう、地域に巻かれちゃってる。
それでもあなた、私の選んだ修司なの?

おっしゃる通り。
だけど。
だけど。
ほっといたら、おまえと欅の結婚決まっちゃうじゃないか。
俺知ってるよ。
町の花はさくら。
町の木は欅。
だからおまえらその名なんだ。
だから俺、気が気じゃないんだ・・・


やらかしてしまった


さくらと別れて家に向かう。
とぼとぼと。
俺こんなにさくらが好きなのに。
結婚できればどんな立場でもいいのに。

それは俺も同じだよ。

目の前に、欅が立っていた。

いいよなー。
B民はフットワーク軽くて。
俺だってさくら好きなのに。
漁農の諍いの歴史あるから、アクション起こせなかっただけだ。
それを横合いからおまえが!

待てよ!!
そんなの言いがかりじゃないか!
好きなら正々堂々と!

るせえ!!

寅一さんの拳受けた俺には、欅のパンチなんか蚊が刺したほどもなくて。
俺はよけて、パンチ繰り出して、それは面白いように入った。
欅ボコボコにしてどうなる訳じゃないけど、とにかく腹が立っていた。
わかってくれないさくらにも。
横恋慕のくせに態度でかい欅にも。
この町にも!

ばか!
何やってんだ二人して!

寅一さんに止められた。
寅一さん、俺を羽交い締めだ。
何で・・・

わかんねえのか!
こいつ誰だ!
でもっておまえは今なんだ!

ぼんやり理解が頭に届いた。

上條欅。
農組プリンス。
俺は今漁組で、農組と漁組は諍っちゃいけな・・・

!!


もうあとの祭りだった。
欅の祖父が大激怒、さくらの父は謝るよりなくなり、その激怒は俺にきて、俺は漁組を放り出された。
俺という邪魔者がいなくなれば、ロミオとジュリエットはトントン拍子に話が進む。
結婚は本決まりになってしまった。
農と漁の一体化で、町も安泰、めでたしめでたし。
食の町△△。
永遠なれ・・・


怪しい動き


町を出ようとした俺に、待ったをかけたのはカゲの姉さんたちだった。

短気起こさない。

で、でも。
漁農融和すれば、結局町のためでしょう?

浅いねえ。
都会で何を学んできた?
この町の三つ目の特筆は?

酪農・・・牛・・・肉牛。

姉さんがたは、やっと笑んだ。

茜ちゃん。
紹介するよ。
さくらの元カレ。
都会の学卒。
ちょっと話聞いてもらいー。


酪農族の姫である、轟茜の話はこうだった。


漁農の融和は両者から出た話じゃありません。
町の外から持ち込まれた話です。
□□、だと思いますが、もっと大きな黒幕がいるのかもしれません。

どういう企みの話だと思うの?

この町潰し。
複数産業安定のこの町の豊かさを、邪魔に思ってる誰かが、産業つぶして□□に併合・・・でしょうか。

併合。
独立独歩だったこの町が、□□の一領域に変えられる。
都会化してる□□は、ベッドタウンがほしいはず。
山も、海も、奪われる・・・?

資料見せて。


一般企業で経営資料見てた俺の目が役に立つ。
この出来事は確かに、漁農の融和のために起きたんじゃなかった。
どさくさに紛れて、漁農どっちでもない人が町にふえてくる。
ここの人口は六千人に満たない。
五千人増えただけで、町政はたやすく牛耳れるのだ。

酪農地域はすでに新参が増えちゃって、排泄物がどうとか、匂いがどうとか言われまくってます。
みんなこの町と思えないくらい冷たくなっちゃって・・・
私、怖いんです。

轟は、一個下だった。
名前だけは知ってたが、そんなに縁もなかった。
でも今町の未来について、不安してる。
先輩としてほっとけないと思った。
調べて調べて調べて調べて。
ついに事の真相がつかめた。


婚約式


奇しくもこの日は欅とさくらの婚約式が挙行される日だった。
俺の胸は痛んだが、逆を言えばその場に、町の重鎮がみんないる。
事を暴くにはうってつけだった。

天気も良かったから、婚約式は、老舗旅館の庭園で行われていた。
町長も、副町長も、町会議員の大半もいた。
そこへ轟と乗り込んだのだ。

この婚約には反対しませんが!
町長以下、議員さん等には大事な質問があります!!

もちろん寅一さんが一番怒ったが、資料を見せると一番にこちらについてくれ、町長たちに詰め寄ってくれた。
町長はほんとに何も知らなかったが、副町長と大半の議員が□□の回し者だったのだ。
しかもこの町はベッドタウンとしてでなく、IR候補地として狙われていたのだった!

儂等の町をギャンブルタウンにする気だったのか!?

漁民も農民も等しく怒り、婚約式どころではなくなってしまった。
婚約式も悪だくみも、完璧に破綻したのだった。


大団円


とりあえず、俺たちの町は守られたけど、これからも、この小さな町は狙われるかもしれない。
そんなわけで俺は今、この町の町政監査役を仰せつかっている。
私的には、まだ完全にさくらを取り戻しきったとも言えず、欅を退けきったとも言い切れてはいない。
まあ気長にやろうと思ってる。
というのも、俺は今ちょっとだけ、轟茜にも関心が湧いているからだ。
さくらか茜かがはっきりしたら、あるいは欅のことも祝福できるかもしれない。
時間はきっとたっぷりある。
あわてるまいと思っている。

それでも地球は回っている