透明な部屋━私の部屋の窓からはすべては見渡せるのに、どこからも私の部屋は見えない━
「人間のことは、いっちょんわからんけん」
老人が身の丈ほどもある鋸(のこぎり)の刃を研いでいる
音のないひなびた漁港
血管の浮き上がった浅黒い手は止まることがない
長靴の先にねずみ色の濁った研ぎ水が溜まっていく
私は隣に座って泣いている
「お前だけにただいまを言ってくれる人は現れんのか」
それだけ言って、もう私のことなど気にも留めず黙々と鋸を研ぎ続ける
老人と私に信頼関係などない
それどころか
彼の研ぐ鋸は私を切り刻むためのものだ
私は逃げもせず、自ら老人の隣に座って泣き続けている
泣きながら考えている
いつか、私だけにただいまを言ってくれる人は現れるだろうか
解体を目前にして
『あたしと一緒の墓に入ろう』(草原詩社)より
アンビリーバーボーな薄給で働いているのでw他県の詩の勉強会に行く旅費の積立にさせていただきます。