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【超短編】青い光

はじめに

こちらは数年前に「エブリスタ」にて投稿していた超短編小説です。
約4000字程ですが、私の中ではそれなりに大作。
この度色々整理したくて、しばらく放置気味の「エブリスタ」を閉めることにしました。
せっかく書いたし、割と皆様に読んでいただけたので
よろしければnote住人の皆様にもお目通ししたいと思い、投稿いたしました。
こちら発想のタネとなったのが、寺尾聰さんの「ルビーの指環」という名曲です。なんせ当時欲望のままに書いたので、誤字脱字言い回し表現その他諸々、ぐちゃぐちゃですが、あえてそのまま載せます。

本文

カーン、カーン。祝福の鐘の音がこだまする。
新郎と新婦はお互いを見つめ合いながら
「キレイだね」「なんか、恥ずかしいよ・・」と、周りが赤面するぐらい褒めあっている。
その姿をガラス越しに見つめていた。心なしか白く見える。自分の吐息で曇っているせいだろうか。
今、息子が人生の中でたくさんの祝福を受けている。
ふと彼女を連れて挨拶にきたことを思い出す。
彼女はベージュのコートを着ていた。

(あの時もベージュのコートを着ていたっけ)

不意に、昔のことがフラッシュバックする。
あぁ。誰か聞いてくれまいか。
今にも、蓋してきた思いが水のように溢れてきてしまいそうで。いても立ってもいられず、体がふわふわしてきた。
「どうかなさいましたか?」と担当プランナーが声を掛けてきた。
「いやぁー。こんな華やかな場所は久しぶりだから緊張してしまうよ」
「ふふふ。私も緊張してしまいますよ」
座りましょうか、と私の手を取ってそばにあるソファに一緒に腰掛ける。
目が合った瞬間にピンときた(この人なら聞いてくれるかもしれない)
「もし良ければなんだが・・・
ジジイの昔語りなんだが、よければ聞いてくれないかい」
「はい・・・。私でよろしければ・・・」

「ずいぶん前のことだ。今まで別れた妻や子どもたちにも話してこなかったことだよ」
ーー結婚するつもりだった。
六月。
ちょうど転勤が決まりこの地を離れることになっていた。
いいタイミングだ。プロポーズしよう。
僕の前に座って紅茶を飲む姿に育ちの良さを感じさせる。
彼女の前に青く光る指輪を差し出した。
「俺と結婚して欲しい」
まるでそこだけ時間が止まったようだった。彼女は瞳を潤ませて言う。
「・・・ごめんなさい。好きな人ができたの」
特徴的な下がり眉が下がりきっている。
分かっていたよ。
別れを告げる言葉とは裏腹に、その瞳は訴えかけていた。
(あなたとは離れたくない)
僕は言った。
「・・・分かった。でも僕と出会った証として指輪を受け取って欲しい。後は捨ててくれてもかまわないから」

目の前にある飲みかけの紅茶。見つめているとあの8月が蘇ってくる。
あの日は今季一番の最高気温を記録した。
扇風機の羽が回る音だけが聞こえてくる。汗だくで、お互いの体温を感じながら愛を確かめ合う。
彼女はいつも僕の顔を小さな手のひらで包み込んでくれる。僕から全ての空気や感情を自分に取り込むように。
行為一つ一つに幸せを噛み締めていた。
「恐れ入ります。お飲み物をお下げしてもよろしいですか?」
ウェイトレスが声を掛けてきた。そこで僕がいる場所は幸せとは程遠いんだと痛感した。

彼女は長い間苦しんでいたように思う。
女の幸せか、家を継ぐか。
とっても優しい彼女のことだから、これからの人生を、育ててくれた家を背負って生きていくことを決意したんだろう。
あの別れから相当な年数が立ったが、あの時ほど幸せを感じられずにきた。
幸せって何だろう。僕の幸せの基準って何だろうか。
会社の中でそれなりに昇格し、結婚し、家族の「長」として振る舞ってきた。周りから見れば、幸せな家族として見られていたんだろう。
その一方で、心のどこかに贖罪に近い感情を抱いていた。家族もそれをどこかしらで感じとっていたんだろう。定年と同時に妻は僕の元を去った。その頃には子どもたちはとっくに独立し、一人になった。
時が巡り巡って再び彼女が去った季節がやってきた。医者から知らされた余命。自分の犯してしまった事への罰なんだと思った。
そんな時に久しぶりに息子から連絡が入る。
会って欲しい人がいるから、今度会いにいくよ。
その声は今まで聞いた中で弾んでいた。

「初めまして」「・・こちらこそ・・」
彼女の顔を見てハッとした。
この人はね・・・と息子が話す声が半分聞こえていなかった。
茶色がかった前髪の隙間から下がり眉が覗く。
彼女は優しい笑みを見せながら名前を告げる。
無意識に彼女の指を見る。
あの色の指輪はしていなかった。
「彼女と幸せな家庭を作っていきたいんだ」
息子が真剣な眼差しをこちらに向けてきた。頬が赤く染まっていた。
「素敵な人じゃないか。今日は来てくれてありがとう。幸せになりなさい(自分以上に)」
フッと肩の力が抜けていく。久しぶりに安堵する。
目の前で繰り広げられている光景が教えてくれている。こうやって家族は築き上げられていくんだと。僕は初めて幸せに包まれているんだと思った。
帰り際、自然と口から出ていた。「ごめん」
息子が僕の顔をじっと見つめる。
「・・ありがとう。今日は彼女に会ってくれて」
息子は決心したように改めて真正面を向く。
「ずっと帰りたくなかったんだ。あの家に居場所を感じられなかった。
あの空気が幸せになるなって言われているようだった。だから一生懸命バイト頑張って自分の金で大学に行ったんだ。自分の手で幸せを掴みたかったから。俺はあの家から逃げたんだ」
「でも今なら分かる気がする。親父はずっと頑張ってきてくれたんだよね、俺たちのために。親父の気持ちなんてこれっぽっちも考えていなかった。これからは幸せになってほしい。母さんだってそれを望んでいるはずだよ。こちらこそごめんなさい。」
息子は努めて笑顔でいたけれど、左目から一筋の涙がこぼれている。
彼女も隣で見守ってくれている。長い冬が終わり、ようやく春がやってきたんだ。僕の家族に。
彼女の腕にはベージュのコートが掛かっている。
突然心の中に彼女からのメッセージが降ってきた。
(もうあのことは気にしないで。幸せになって欲しい)
何も映っていない目を私に向け、あの時と変わらない表情で言ってくれているに違いない。
いつも思い出す下がり眉の彼女。
息子が押してくれる車椅子からの景色は
今までと違う空気に包まれているようだった。
また来ますね。と彼女。
結婚式◯日だからね。また近くなったら連絡するから。俺からも先生に話しておくからね。それまで元気でいてくれよ。
そう言いながら息子が先の尖った靴を履く。靴べらを使う歳になったのか。
そういえばあの別れの時も同じ靴を履いていたっけ。
〇〇さん、そろそろ検温の時間ですよ
看護師に声を掛けられるまでいつまでもいつまでも、二人の後ろ姿を見つめていた。

あの時の彼女も同じぐらい幸せだろうか。幸せであってほしい。

「贖罪って罪を犯してしまったことに対する償いってことですよね。なぜお父様はそう思われたんでしょう」
話すべきどうか迷ったが、もういいだろう。区切りを付けるために話を続けた
「彼女の目が見えなくなってしまったのは私のせいなんだ。あの時、よく気をつけて道を歩いていれば。彼女が左側に立っていなければ。いや、映画に誘わなければ。あんな事故に遭わずに済んだんだ。今でも後悔している。この気持ちは死ぬまで忘れることはないだろう。プランナーさん、聞いてくれてありがとう。さぁ、そろそろ時間かな」そう言ってゆっくり立ち上がろうとする。その胸に一抹の寂しさを抱えながら。
「お優しい方だったんですね。その方は・・・」
そう言ってプランナーは優しい笑みを浮かべた。
僕の中の積もり積もったものが決壊したようだ。
せっかくの晴れの日だというのに。
拭っても拭っても出てくる涙は止まってくれない。

分かっていた。
あの時彼女が別れを告げたのは、紛れもないその「優しさ」だった。
彼女を守ってあげたい。それが知らず知らず僕の心を蝕んでいったんだと思う。彼女は気づいていたんだ。顔に触れる度に僕に現れる罪悪感を。そんな気持ちに蓋をしていたことを。

彼女が父親とバージンロードを歩いている。一歩ずつ。踏みしめるように。
息子の顔を見る。そこには、愛する人と生涯を共にする、という強い責任感が確かにあった。ふっと目が合う。にっこりと微笑んでいる。
(親父も、な。)
彼女の手を取り、神父の前で愛を誓う。
たくさんの祝福を受け、二人は夫婦となった。

ピッ、ピッ、ピッ・・・・。
電子音が規則正しく鳴っている。
視界が定まらない。まるで雲に浮かんでいるようだ。
僕のそばでは先生や看護師が忙しく動き回っている。
バイタルがどうだとか言っているが、僕は今どうなっているのかがよく分からないでいる。
目を瞑る。
そこにはかつて愛した人。あの誕生石の指環を贈った彼女。彼女は言う。
「私ね、あなたとずーーーーーっと一緒にいたいのよ。あなたは?」
「僕もだよ。もう2度と手放したくない。だから君も僕から離れないでほしい」
「何言っているの。私たちはずーーっと一緒よ。ほら指環だって。」
左指に輝く青い光。彼女は左手を空に向けてかざす。青い光がゆらゆらと煌めく。
「待ってるよ」
「ああぁ」
「オヤジぃーーーーっ!!!」
「お義父さん!」
「息子さんの声聞こえてますか?」
何故か遠くの方から息子たちの声が聞こえている。
ふと左手がぬくもりに包まれる。誰かが手を握ってくれている。
彼女だ。いつも綺麗な目を僕に向けてくれる彼女。その小さな手で僕の顔を包み込んでくれる彼女。あぁ、僕は君を手放してしまったというのに。枯葉よりも価値のないこの僕を、君は覚えてくれていたんだね。
「ゆび・・・」
「親父!どうしたの?ゆび、がどうした?痛いのか?」
「ゆ・・ゆび・・ゎ、指環は捨てないでくれたのかい・・・」
「親父。指環がどうしたんだ。おいっ。親父!!」
「・・・・・・とう。あり・・・が・・・」
僕の命が一つの終わりを迎えようとしているその時、僕は確かに感じたんだ。
握ってくれた手の指に確かに指環がはまっていることを。

その手から青い光が揺らめいて見えたことを。

おわ

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