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わたしのピュアさは「瓶につめて高級化粧品として売れそうなレベル」

だったらしい。

そんな言葉を残したシートベルトで不倫男との一件があってからもうすぐ3ヶ月。もう好きじゃないけど、忘れるのもまた難しい。こうやって書いてるせいかしら。

そもそも「ピュア」の定義っていったい。だって30年以上生きてきて、もちろん知らないこともあるし、実際にそれ故だまされたりしているけど、それって純粋で無知、無垢ってこととは違くないのかな、と。男性の言う「ピュアな子が好き」とは?「ピュア」とか「イノセント」とか男性が幻想のようにいだくイメージがよくわからないんだよな。

まず、わたしの恋愛の傾向は思い込んだらまっしぐらの猪突猛進型。それって、つけこもうという意図がある人にとっては格好のカモ(むしろネギ背負ってるレベル)。だまそうとする側からすれば、そのコントロールのしやすさを「ピュア」という一言でまとめるのはたやすい作業。そして混じりけなしなんて響きも美しい(そこでいうとわたしは混じりけだらけなんだけどな)。

ウディ・アレン監督「マンハッタン」で主人公の42歳バツ2のアイザックが付き合う17歳のトレーシーだって、「無垢」な存在の象徴のような側面もあるけれど、まったくそんなことのない芯のある女性。アイザックがフラフラ別の女性と付き合おうとして、一方的に別れを告げられる。

それでもやっぱりトレーシーが大事だと気付いて強引に自分のしたいようにしようとして振り回されかけるも、自分の道をきちんと切り開きつつ、彼への気持ちにもきちんと誠意を持って対応しているカッコ良い女性。

わたしが「ピュア」の称号に違和感を感じるのは、まっしぐらなりに色々考えたり、自分の経験を踏まえて振る舞ってるから。それぞれの行動にもきちんと理由はあるし、ときには相手を配慮してのことだったりして、一見とても素直(=ピュア?)に思われるものの、無知が故の行動とは違うということはわかってほしかったな(騙されやすいのは別の問題)。

ちなみに、そこまで深入りするつもりがなかったであろうシートベルト不倫男はというと、「体の関係がないから大切にしている」と思っていたらしい。

うーん、普通にコミュニケーション取ってたら、体の関係云々の前にひとの気持ちがどういう状況か考えないかしら(いや、それができないからこういうことしちゃう人なんだけど)。

男性がブレーキかけてるから大切にしてる、ブレーキかけてることを評価してほしいというのって、まあなんていうか、相手の女性の「気持ち」は尊重してないなと思う。気持ちの先にしか体の関係ははありえないけど、体の関係はないから気持ちを大事にしてる、というのは成立しないな、と。物理的な意味で身体は大切にしてもらったかもしれないけど、どちらかというと自分で守り抜いたという方が正しい。

だからシートベルト不倫男のわたしがピュアだという発想とか、大切にしているから体の関係を持たない、という言葉は自分本位でしかない。

体の関係なんてなくても実際に会ったわずか4回、やりとりを続けた1か月(ただのLINEのやりとりと言われればそれまで)、一緒に過ごした時間なんて関係ないくらい、心ではだいぶ好きになっていたのにな。重いのかもしれないけれど全力だったし。そんなことはひとつも伝わってなかったんだな。というか伝わろうがなかろうが、彼には一切関係ないことだったんだろうな。

「相手を大切にすることからはじめるコミュニケーション」なんてよく書けたものだと思うけれど、世の中なんてそんなもの、人の役に立てる情報を持っていて、それを上手に表現できればwho caresなんだろうな。

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