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✲*゚2.片割れ

「あっつい……」

汗が止めどなく溢れてくる。
お気に入りのTシャツは既にぐっしょりと濡れ、肌に張り付いていて気持ちが悪い。

日差しはさらに強さを増して、俺の後頭部へと照りつける。くそっ、帽子も被ってくるべきだった。

ずいぶん登ってきたはずだが、さっきから辺りの様子が全然変わらない。ひたすら川沿いに北上してきたが、すでに上流の方だ。両岸には森が広がっており、蝉が忙しなく鳴いている。お前らも大変だな。短い命だ、精々頑張って鳴いてくれ。

川の水は透き通っており、小魚たちが群れを成して泳いでいる。俺は手のひらで水を掬って飲んだ。冷たくて上手い。
昔の俺だったら、こんなに暑い日は川に飛び込んで遊んでたな。いや、正直今も飛び込みたい。最近の子供は川遊びなんてしないのかよ、この辺誰もいねぇじゃねぇか。

「ったく!!どこまで行きゃあいいん……」

身体を蝕むような暑さへの苛立ちをぶつけるように、俺が大声で叫ぼうとした時。俺の耳は、小さな泣き声を捉えた。どうやら森の方から聞こえてくるらしい。

俺は声のする方へ、伸び放題の草をかき分けて森へ入っていく。少し行くと、そこには一人の少女が、体育座りの形のままで泣いていた。小学生になったばかりってところだろうか。

「おい」

「……!!!」

少女はビクッと体を震わせた。恐る恐る顔をあげて俺のことを見る。両目には大粒の涙。相当泣いていたみたいだ。

「おい、大丈夫か。俺のこと見えてるか」

「……お兄さんだぁれ?」

よし、言葉も通じるな。

「俺は、君のことを迎えに来たんだ」

「……なんで?」

「えっ、と……あ!そう!パパとママに頼まれたんだよ」

「パパとママに?」

「そうそう!!」

危なかった……。そうだよなぁ。急にこんな知らない男が現れたらそう思うよなぁ。
俺は自分自身にツッコミを入れつつ会話を進める。

「じゃあ俺と一緒に来てくれる?」

「おうち帰るの?」

「あー……」

少女が純粋な目でこちらを見てくる。子供って怖い。
俺がなにも答えられずにいると、少女の顔はだんだんと崩れていく。ここで泣かせたらマズい、非常にマズい。俺には対処しきれなくなる。

「わかった!わかったよ!!俺がおうちまで連れて行ってあげるから!」

「ほんと!?」

……あーあ、言っちゃったよ。
自分の仕事増やしてどうすんだよ、俺のバカ。

「カナ、おうち帰る!!」

自分のことをカナと呼ぶ少女は、さっきとは打って変わって満面の笑みでそう宣言した。復活早すぎだろ。これだから子供は苦手なんだ。

しょうがない。これも"俺たち"の仕事だ。

☆☆☆

俺はカナを連れて、また川沿いを歩いていた。
来た道を逆に下っていく。今度は正面から太陽の光が当たってくる。結局暑い。顔面が痛い。

一方で、カナは元気に歩いている。家に帰れることが嬉しいみたいだ。呑気だな。

カナが元気な理由はもうひとつ。その頭に被っている大きな麦わら帽子だ。
聞くところによると、母親が買ってくれたものらしい。

「これね、ルナとおそろいなの」

「ルナって誰?」

「カナのおねえちゃん!」

姉妹でお揃いとは。仲が良いことで。

「なんでもおそろいなのよ。ママが『二人が喧嘩しないように』って。でもね、このリボンがね、カナは水色でルナはピンクなの!」

なるほど、喧嘩防止か。確かに年上のやつが持ってるものって欲しくなるっていうからな。親っていうのも大変だな。

俺がそんな事を考えながら歩いていると、急にカナが座り込んだ。しまった、暑さで倒れたか?

「どうした!?」

「……見て!これきれい!!」

カナの手には丸い小さな石が握られていた。
なんだ、石かよ。びっくりさせるなよなぁ。

「ルナにあげる!!」

そう言うと、カナはポケットに石をしまった。

「落とすんじゃねぇぞ」

「うん!」

カナは元気に頷くとまた歩き出す。
俺はそのすぐ後ろをついて行く。そういえば聞いてなかったな、カナがあそこにいた理由。

「カナ、お前なんであんなとこにいたんだ?」

「えっとねぇー。パパとママとルナと遊びに来ててー。ルナと一緒に川で遊んでて、そしたらなんか川の中できらきらしてたから取りにいこうとしてー……そこからはよくわかんない!」

「……そうか」

「みんなカナのこと置いてっちゃったのかなぁ。気がついたらみんないなくて、おうちもわかんないから……んん」

その時のことを思い出したのか、カナはまた泣きそうな顔になっていた。麦わら帽子を目深に被り直し、俺に顔を見せないようにしている。一丁前に、泣き顔を見られるのが恥ずかしいみたいだ。今更だとは思うが。

俺はしばし迷った後、カナの頭の上に手を乗せて言った。

「カナ。泣いても家には帰れないぞ。前を向いて歩かないと」

「……うん」

「きっとみんな、お前のこと待ってるよ」

俺が声をかけると、カナは手でごしごしと顔を拭くと、また歩き出した。

そうだ。前を向いて歩け。

俺はまた、カナのすぐ後ろをついて行く。
カナの後ろ姿は小さかった。

すでに時刻は夕方。
あれだけ憎たらしく思った太陽が、空をオレンジ色に染めながら沈んでゆく頃。
俺たちの目の前では、ぽつりぽつりと明るい光が増えていく。

やっとカナが住んでいた町が見えた。

☆☆☆

太陽もすでに姿を消し、辺りは暗闇と夏特有の蒸し暑い空気に包まれていた。

町に入った頃から、カナは自分の家までの道のりを思い出したようで、俺を置いてどんどん先へ進んでいく。ついには駆け出していってしまった。

どこにそんな体力残ってるんだよと思いながら、俺はカナの後を追いかけた。
一軒家が立ち並ぶ住宅街。十字路を曲がった先、赤い屋根が特徴的な家の前でカナは立ち尽くしていた。
表札を確認すると、事前に聞いていたカナの苗字と同じだった。カナの家とみて間違いないだろう。

「ここか?」

「うん」

「中入らないのか?」

「……」

カナは何も言わずに家の中を見つめている。
1階のリビングだろうか、カーテンの隙間から中の様子を伺うことが出来た。

カナの視線の先には、棚の上に飾られたカナの写真。
写真の前には香立てと、いかにも子供が好きそうなお菓子が置かれていた。
カナはそれらをじっと見つめていた。

「……カナ、死んじゃったの?」

「……」

「カナ、あれじゃあおうち入れないよ」

「……ああ」

「カナ、おうち帰ってきたよ。ルナにあげようと思って、綺麗なもの拾ってきたんだよ」

「そうだな」

「……パパぁぁぁー!!ママぁぁぁー!!」

「……」

「……ルナぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」

カナの叫び声が響き渡る。
けれどもその叫びは、誰にも届かない。

カナの叫び声は、怒っているような、泣いているような、とにかくいろいろな感情がぐちゃぐちゃにまぜ合わさったようだった。

俺は、カナの頭の上に手を置いて。

今度こそは、思う存分泣かせてやろうと思った。

「みんなにお別れしよう」

カナの叫びが、誰かに聞こえることを祈って。

☆☆☆

カナの声が聴こえた気がした。

夕ご飯を食べてる時だった。今日はカレー。あたしもカナも辛いのは苦手だから、ルーは甘口、しかもリンゴ入り。パパはもっと辛いのがいいって言うけど、ママも甘口が好きだからきっとパパは一生辛いカレーは食べられないと思う。

パパと、ママと、あたしの3人。

本当は、ここにカナもいるはずなのに。

カナとは産まれた時からずっと一緒だった。
あたしの方が先にママのお腹から出てきたからお姉ちゃんってことらしいけど、カナもあたしもなんだかそれがしっくりきてた。

好きな物も嫌いな物もいつも一緒。
幼稚園の時の初恋も、もちろん一緒の男の子を好きになった。あの時の喧嘩はすごかった。結局2人とも振られちゃったけど。

ーそれは、先週の事だった。

家族で川遊びに行った。そこは、地域の人達がよく遊びに行く、いわゆる穴場スポットと言われる場所で、昔からこの辺の子供たちには馴染み深い遊び場だった。

だからみんな、油断したんだと思う。

気がついたら、一緒に川で遊んでいたはずのカナの姿が見えなくなっていた。
あたしはなんだか嫌な予感がして、すぐにパパとママに伝えにいった。

それから、お巡りさんとか消防団の人が来て、たくさんの大人がカナのことを探してた。

すぐにカナは見つかった。
けど、すごくつめたかった。

結局、カナは助からなかった。

あたしの隣にカナがいないのは、なんだかとっても不思議な感じだった。
当たり前のものがなくなるってこういう感じなんだなって思った。
ふとした時にそこに存在する、ぽっかりと空いた空間の埋め方を、あたしはまだ見つけられない。

だから、カナの声が聞こえるはずがない。
あたしは気のせいだと思い、もう一口カレーを食べようとした。

……やっぱり、カナの声がする。

カナが泣いてる。叫んでる。

あたしはスプーンを投げ出して家の外に飛び出した。

「カナ!!!」

家の前には誰もいなかった。

「……カナ?いるの?」

当たり前だけど、カナがいるはずはなくて。
当たり前だけど、カナの返事が聞こえるはずもなくて。

あたしが諦めて家の中に入ろうとした時。
玄関のドアの横に、麦わら帽子と小さな石が置いてあることに気がついた。

水色のリボンがついた麦わら帽子。

あたしは咄嗟に、もう一度カナを呼んだ。

「カナぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」

それでも、やっぱり何も聞こえなくて。

辺りには虫の声だけが響いていた。



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