シンカイ

蹴られた腰を支えに
痣の隠れた腕で身体を起こした
いつも通りにひび割れたガラスの前
ゆがんだ輪郭の笑顔を浮かべてみた

陽の通らない部屋
私を叩いて割れた瓶
傍らに寝る女は破壊音を立て、寝る
散らばるガラス
足に突き刺さって痛い。
そんなことに気を割く余裕は
奪われて消えていった

神様なんていなくて。
保護者なんていなくて。
救いなんて言葉はただの麻酔薬で。
歩く景色はことごとくひび割れていくの

自分に向けられるものは紅色で
黒の世界になぜかそれは煌々と光って
キャアキャア叫ぶ黒い騒音が
紅黒い景色に影を産んでった
紅い景色はいつしかモノクロに代わったけど
そんなことももうどうでもよかった

音がわからない
色も見えない
味なんて数年前に失った
匂いなんて自分の醜悪なそれしか思い浮かばない
何かに触れる自信も奪われ切って
触覚は役目を終えたと知ったようだ

今にも折れそうな棒切れの脚で歩むたび
目に見える世界はひび割れていく
自分の居場所は黒く塗りつぶされていく
いつしか黒く塗りつぶされた絵にたどり着いて
それが黒く染まった文字だと理解した
それが自分の机だなんて
そんなの気付く前にわかっていた

社会ってものを知っているから
少しでも色を取り戻さないといけない
骨の折れた顔で笑顔を作ろうとしたら
鏡に歯が茶黒く染まった私が映りこんだ

誰にも見えない真実の鏡
醜悪な自分を認識させてくれる真実の鏡
何かする前にその鏡をまずは見るのよって
お母さんがくれた宝物の鏡

結局笑顔なんて作れず 
黒い笑い声だけがあふれ
あふれ出した黒が私のモノクロの世界を染め上げていく

パキッて音がした

遠い景色はまばゆいばかりの電灯にあふれた
黒い世界に陽は降りず
月光が幻想的な曲を奏でる
レクイエムと名付けた。
意外と余裕のある自分に笑ってみた
鳥居にも似た橋は
そっと私を包み込むような赤
黒く清らかな水は昔の母を思わせた
私から一つの雫が零れ落ちて
音もなく静かに先に抱き留められていった
転ばせる一歩は景色にひびを落とすこともなく
私の手を引いてくれた
遠く美しい。あまりにキレイなその世界よ
私に代わってあまねく希望に照らしてくれるように
祈りの少女は風に包まれて
凍てつく水が祈りを消した

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