紅めく飲み街のお飲みさん

屋上ってのは落ち着くもんだ
ここに居りゃ街の喧騒もおっさんどもの怒鳴り声も関係ありゃしない
真っ赤に燃える街灯すらここには届かない
人生何計逃げるに如かず
人生逃げ道も必要ですってお偉いさんもはしゃいで言ったんだろうしおそらく正解

「はぁ…。」
行きつけの休憩場所。いつも行ってる飲み屋の屋上
なんか知らないけどバーのマスターが許してくれたアタシの部屋
せめて壁か天井でもあれば良いけど、そんなものより最高な事は、ここは言いようによっちゃベランダしかない
タバコもパイプも吸い放題。なんて
「あったまらないなぁ。」
何があたたまらないかはご愛嬌。
財布、懐、心に身体。
昼も夜も賑やかで熱い街でも空気が寒けりゃ体は凍る。
煙るアタシの息すら生気が見えない。
「だーれかあっためてくれる人いませんかーってねー」
ホットな夜は過ごすものの自販機の缶コーヒーくらいすぐ冷めるもんだから芯まで温まらないんだよね
はぁ。
ぼーっとしてたらマスターからお呼びの声が聞こえて来た。
「はーあーいー。今行くー」
温めてくれそうであったまらない夜がまた帰ってくる。

あたしにとっては夜なんてそんなものだ
幼心に気がついた時から変わらない
食欲以外の欲を満たすことの無い家
昼は酒飲み踊って商売
夜は手叩いて腹踊り
転がる酒瓶
家内だけかと思えば外も燃えるような赤と賑やかな囃子声(はやしごえ)
太鼓に鈴、ピーヒャラ笛鳴らして陽気なもんだった

人が集まりゃ酒が回る
酒が回れば店が回る
酒と店が回れば人の欲が露呈する
黄色い歯に髭面照らして、
メロ付きギラ付いた野獣が踊る
腹躍らせて腰躍らせて
踊り踊らせ女が回る
踊る腰がアタシを回すに至るのにそう時間は要らなかった
全くクソみたいな場所だ
昼間っから飲むオトナどものせいで
学校に成績取りに行くより、オトナに金とおたわむれを取りに行く方が多かった

よく生きてんなぁとつくづく思う

階段を降りるとミリンさん…飲み屋のマスターのおばあちゃん。と幸薄そうなおっさんが居た。
「はいはい降りて来たよミリンさん。なん?お客さんて」
そう訪ねるとミリンさんは、そこのねぇ、と言いながら"お飲みさん"と書いたファイルを取り出して、ペタペタ歩きながらカウンターから出て来た。
「あぁ。」
ミリンさんが取り出したファイルと合図で理解したアタシは、ミリンさんから受け取ったファイルから契約書と説明書を取り出し、客を席に呼んだ。
ファイルにはミリンさんの少し震えた可愛い字で"アカネちゃん用"と書いてある。
お飲みさんについての説明をし、予約時間をうかがう。
お飲みさんってのは単に女の子として飲みに参加してあげる。それだけの仕事だ。
注(つ)いで欲しいだのアフターサービスだのは別料金。
一通り事務作業を進め客を帰した。
今夜はそんなにホットでもないかもしれない。
とはいえ…

「みりんさーん!ちょっと飲んでくるー!」

相棒のサバイバルジャケットを羽織り。インナーはおへそと肩を出したむしろ胸元しかない服を着てアタシは酩酊街へと体を踊らせる。
幸薄そうでもお客はお客。
酩酊街のお飲みさんことアカネちゃん
今夜のお客さんはアフターサービスのオプション課金をするかは知らないけど、気持ちを入れるのは礼儀に流儀。

トラウマなんか知ってるやつなんざこの世に居ない。
アタシをこの生き方に縛りつけたオトナ達でも知りゃしない。
手が離れ置き去りにされ生きて来たこの場所で、トラウマを酒で流し込んで生きるしか能のねえアタシだけど
「なんとか生きるしかないんよね。」
アルコールを流すのか、アルコールで流すのか
のらりくらりって思ったほど楽じゃないんだよってね
少し折れた気がした足を無理やり戻す
「身体の準備でもしてくるかぁ」
酒気の薫る祭囃子を聴きながら
アタシはまた一歩地獄何丁へ向かい出す

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