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『イルカとあおぞら』 #2

12月31日 木曜日
 
 
 ことしもお世話になりました。来年も、よろしくおねがいします。
 
 って、書いてみて、思い出した。
 喪中はがき、出してない。
 
 ……だいじょうぶ、かな。
 
 
 
 
 
1月1日 金曜日
 
 
 あけました。
 ことしも、よろしくおねがいします。
 
 心配、するまでもなかった。わたしにわざわざ年賀状、送ってくれるようなひと、いなかった。
 よかった。
 
 おかあさんとか、おとうさん宛てにも届くのかな、なんて思ったんだけど。
 そのあたりのひとには、橙子さんが事前に知らせてくれてたみたいだった。
 
 
 それで。
 お正月、どう過ごしたらいいんだろ、っていうの、橙子さんと湊がごはんのときに答えてくれた。
 お祝いごとさえ、しなければ。あとは、わたしの気持ちで決めていいんだ。
 
 喪中だから、おせち、一緒に食べられないのかな、とか。ぐるぐる心配してたら、わたしの席に並んでたの、かまぼこと、伊達巻きと、栗きんとんと、黒豆と。あと、鶏肉とお野菜の入った、シンプルなお澄ましだった。
「え、あの、これ」
 質素にまとめたお正月料理、って感じ、だけど。わたしが食べていいものなのかな。うまく尋ねられなかったけれど、わたしの心配していることは、橙子さんにちゃんと通じてた。にっこり、笑いかけてくれて。
「そっちのお皿に並べたのはただのおかずで、お椀の中身はただのお吸いものです」
「なる、ほど」
「うん。お餅くらいは入れてもいいかな、ってちょっと悩んだんだけどね、あれって由来を遡ると神さまへのお供えものだから」
 あ、ほんとだ。おもち、入ってない。
 よく見たら、飾り切りとか、紅白の色づかいみたいな、お祝い、って雰囲気になるものも避けてくれてた。湊と橙子さんのぶんも、お重に詰めるんじゃなくて、いつも使ってるお皿に盛ってある。わたしのと、おんなじように。
「こういうのも、いろんな考えかたがあるのね。四十九日を過ぎていればかまわないとする意見もあるけど、喪が明けるまではお祝いの料理は食べないようにしたいな、って思うひともいるだろうし。なので、ちょっとお正月っぽいだけの、いつもどおりの朝ごはんです、って言えそうな内容にしてみました」
 そう、なんだ。お料理を見つめるわたしに、湊も隣から声をかけてくれた。
「気になるなら、無理に食べることないからね。るりのしたいようにしていいよ」
「ん。ありがと、湊。だいじょうぶ」
 これで、わたしが食べない、とか。おかあさんも、おとうさんも、きっと嫌がる。
「橙子さんも。お心遣い、ありがとうございます」
「うん、どういたしまして。それじゃ、一緒に食べましょうか」
 いただきます。
 
 
 食べ終わって、ひと息ついて。そうだ、ひーちゃんには挨拶したいな。羽織ってるカーディガンのポケットから、スマートフォンを取り出す。
 ひーちゃん、佐原ひいろちゃん。緋色のぺんぎんさんがトレードマークの、明るくてやさしいおねえちゃん。お互いの住所も、ほんとの名前も知らないから、年賀状や寒中見舞いのやりとりができるわけじゃないけど。
 なにか、投稿してたりするかな。タイムライン、ちらっと見てみると。
『初詣! めっちゃ寒かった!』
 あ、ひーちゃんは初詣行ったんだ。いいね、って気持ちを、お星さまに託しておく。ぽちり、ブックマーク。そしたら、すぐにダイレクトメッセージが飛んできた。
『いろちゃん、おはよー。年明けたねぇ、ことしもよろしくねー』
 あけましておめでとう、とは言わずにいてくれたのが、やさしいな、って思った。あけました、よろしく。これだったら、お祝いしてるわけじゃないから。
『おはよう、あっというまに新年だね。こちらこそ、よろしくね、ひーちゃん』
 
 
 
 日記、って。意外と、続けるの、むずかしいんだ。
 ま、いっか。気が向いた日に、気が向く言葉だけ。
 
 
 
 
 
1月10日 日曜日
 
 
 おとうさんが生きてたら、きょうが誕生日だった。
 おめでとう。
 
 プレゼントは、ハンカチにした。お揃いの色違いを、自分でも使うことにした。
 
 
 
 
 
1月20日 水曜日
 
 
 ものをつくるの、すきだ。青くて、透明で、きらきらしたものだったら、なんでも。ガラスとか、ビーズとか、レジンとか、それ以外でも。
 ただ、どれも時間がかかっちゃうから。入試が無事に終わるまでは、控えようかな、なんて、思ってたんだけど。
 
 
『むかーしつくったアクセサリー、リメイクしてみた』
 タイムラインに流れてきたのは、きらきらしたビジューのブローチだ。赤を基調に、シックな色づかいでまとめたガラスストーンと、雪みたいなパール、ゆらゆら揺れる林檎のチャーム。すごく綺麗。ブックマークのお星さま、ぽちり。そのあと、誰だろ、って確かめたら、これ、ひーちゃんの投稿だった。
 ひーちゃん、こういうのもできるんだ。知らなかった。
『白雪姫、かな? すごくかわいい』
 林檎と雪と、赤色、ってなったら、わたしはそれしか思いつかなかった。ぜんぜん違うかも、とも思ってたけど、
『いろちゃんご名答! 小さいころのあたしがこれ見たら、喜んでくれるかな』
 あ、よかった。間違ってなかった。
 そっか、これ、ちっちゃいころにつくった作品のリメイクだっけ。ひーちゃんにも、童話のお姫さまに憧れた時期があるのかな。想像してみたら、なんだろ、頬が緩んでしまった。作品だけじゃなくて、本人までかわいい。なんか、ずるい。
 それにしても、リメイク、かあ。わたしが造形をはじめたの、けっこう最近だから、リメイクしたいと思うようなのって、とくにないんだけど。たとえば、いまの自分が表現しきれなかった想いを、未来の自分が掬い上げてくれたなら。
『わーい、あってた。昔のひーちゃんがなんて言うかはわからないけど、わたしだったら、すごくうれしいと思う』
 送信ボタン、ぽちり。そのあとで、なんとなく、扉のほうを振り返る。廊下に出るためのドアじゃなくて、隣のお部屋、アトリエに続いてるほうの。
 アトリエ、最後に入ったの、いつだったっけ。
 
 
 わたしも、なにかつくりたいな。
 ガラス、ちょこっと触りたいな。
 
 いいかな。
 
 
 
 
 
1月23日 土曜日
 
 
 燕川高校の、入試、というか、特待入試。受けてきた。
 制作やりすぎてて、ちょっと寝坊しそうになったけど。
 難しい問題は、なかった。だいじょうぶ、だと、思う。
 
 
 結果の通知は、来月の十六日。半月以上の期間が空く。
 けど、そんなに心配してない。
 
 
 なにして過ごしたらいいかな。
 
 とりあえず制作、やろうかな。
 ダイクロの練習、しようかな。
 
 ガラス、めいっぱい触りたい。
 きらきらの渦、つくりたいな。
 


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最終更新:2022/12/10 次話へのリンクを追加しました。

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