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1巡指名権は当たり前?〜ヘッドコーチの「トレード」の仕組みと歴史〜【NFLサラリー談義#4】

Saintsのプレーオフの可能性がなくなった時点で投稿しようと1ヶ月くらい前から準備してた記事ですが、Saints謎の3連勝+NFC南の惨状のせいでRS最後まで来てしまいました。
DENがインタビューを申し込んだそうなので、最近では滅多にない「ヘッドコーチのトレード」について、過去の例も含めて詳しく語ってみます。

I. 辞めたコーチになぜトレードが必要?

Saintsファンとしては足を向けて寝られない、2006-2021の16年間HCを務めた名将Sean Payton。稀代のQB Drew Breesと共にSaintsを強豪チームへと押し上げました。

今年1月にHC引退を発表したばかりで、本人のインタビュー的には「疲れた」というのが主な引退の理由(プレーオフ争いの中でTrevor SiemienとIan Book先発が5試合もあったら疲れても仕方ない)でしたが、引退後始めた解説者業は既に飽きてきた様子。シーズンが始まるとWeek 2くらいから既にHC業に戻りたくて仕方ない雰囲気を出していました。特に最近、BroncosがNathaniel Hackettを解雇したあたりからヒートアップしている印象です。

ただ、Sean Paytonは辞める時の発言的には、SaintsのHCに戻ることはなさそう(戻るかもしれないという情報もありましたが)。既にBroncosが面接を申し込みSaintsが許可したという情報もあります。
そこで問題になるのが、PaytonがSaints以外のチームのHCになる場合は「トレード」が必要になるという事実です。

「辞めたコーチなのになぜトレードが必要なの?」
「コーチのトレードって禁止されてるのでは?」

みたいなツイートが最近TLで散見されます。確かにコーチのトレード自体最近は非常に珍しく、ルールもよく知られていないなと思ったので、まとめてみることにします。

II. ヘッドコーチの給料は全額保証

まず、ヘッドコーチの契約が選手と異なる最大の点は、サラリーが原則全額保証であることです。

NFLの選手だと「5年$100Mの契約」とか言っても、全額が支払われるとは限らず、契約途中でカットした場合にはそれ以降の保証されていない分のサラリーは無効になります(詳しくは別記事参照)。
一方でヘッドコーチの契約では、基本的に給料は契約時点で全額保証。途中で解雇した場合も残りの給料は払わないといけません(フィールド外で犯罪を犯したなどの特殊なケースを除く)。そのため、選手と違って「給料が払えない/払いたくない」などの経済的な理由でヘッドコーチを解雇することはありません。

「CARはMatt Rhuleを解雇したけど残り2年給料を払い続ける」
LVは新しいコーチを雇うお金がないためJosh McDanielsを解雇できない
みたいな今年あった報道も、この話のためですね。
(ちなみに、Matt Rhuleは辞めた後すぐカレッジのHCに就任したため、カレッジの給料分はパンサーズの今後の負担から差し引かれるらしい)

またサラリーキャップ的な制限もないため、給料額自体はチームの裕福度や契約時の状況などの要素も反映され、HCとしての評価に必ずしも直結しません。給料が公開されていないコーチすら多くいます(こちらのHC給料一覧を参照)。

III. ヘッドコーチの「トレード」は選手とどう違う?

解雇されたHCは即FAになりますが、チームが解雇したわけではなく自分から辞任したSean Paytonの場合は元々の契約期間の2024年までPaytonを雇う権利をSaintsが引き続き保有します。この期間に他のチームがPaytonを雇いたい場合「権利を保有しているSaintsにPaytonとの契約を破棄してもらう」必要があります。(NFLのタンパリング禁止令で明記されているルール. 下写真)

しかし、Saintsからすると契約を破棄するメリットは全くありません(チーム財政的にも得がない)。そこで、新チームはSaintsのメリットを生むために「契約破棄すれば新チームがSaintsに対価を支払う」という条件の交渉を持ちかけることになります。これがHCのトレードの仕組みです。

(これは、仮に「引退したコーチがすぐにFAになる」と決めていると、他のチームが水面下で引き抜きオファーを出してHCを元チームから引退させる「タンパリング」が横行してしまうために決まっているルール)

ただし、このトレードについて、以下のルールが選手とは違います。

ルール1. トレード対価に選手は含められない (重要)

HCを獲得するトレードの対価に選手を含めることはできず、指名権あるいは金銭のみです(NOの2巡と新チームの1巡を交換する、みたいな指名権のスワップはOK)。
これは意外と知られていないルールのようで、選手を対価とするナンセンスなツイートをよく見ます。やめましょう。特に最近だとBroncosが獲得するという噂が盛り上がってますが、「Patrick Surtain IIを対価で出せ!」みたいなルール的にあり得ないことを言わないように特にNOファンの皆さんはお願いします。「Bradley ChubbのトレードでゲットしたSFの1巡をください!」と丁寧に頼みましょう。

ルール2. 残っている契約は引き継がれない

また、選手のトレードの場合、残りのサラリー•契約期間などは全て新チームに引き継がれますが、HCの場合「旧チームが契約破棄→新チームと契約」という流れなので、契約は引き継がれません。新契約を結ぶ必要があります。
この点では、裕福なオーナーのチームに有利ですね。

IV. 対価の相場は?過去にトレードされたコーチ一覧

では、対価の相場はどれくらいなのでしょうか?Saintsは1巡指名権を対価として求めていると言う報道がありましたが、コーチに1巡なんてあり得るのか?
以下の、過去にドラフトピックを対価にトレードされたHC(5名)の詳細を見てみましょう。

1. Jon Gruden (OAK→TB, 2002)

まずは最も代表的な例から。昨年スキャンダルでLVのHCを解任されたJon Grudenですが、HCキャリアの始まりはOAK時代のレイダースでした。1998-2001年の4年間OAKのHCを務め、後半2年で地区優勝を成し遂げました。
しかしオーナーのAl DavisはGrudenと長期契約を結ぼうとせず、TBにトレードしてしまいます。これはNFLの歴史上最も対価が大きかったHCのトレードで、

1巡2年分(2002, 2003)+2巡(2004)+$8M(現金)

がTBからOAKに渡りました。

さらにドラマチックだったのは、トレード成立直後の2002年シーズンのSBがOAK vs TBという組み合わせになり、Gruden率いるTBがOAKを破りフランチャイズ初のSB制覇を果たしたことです。この年のSBは"Gruden Bowl"と呼ばれているとか。
一方で翌年以降、Grudenを失ったOAKは2003年以降13年連続で勝ち越しなしという冬の時代が訪れ、TBに移ったGrudenも対価のドラフト権を失ったことで苦しみ、その後6年間ではWild Cardが最高成績、2009年には解任されています。
トレードが成功だったか失敗だったかを断言するのは難しいですが、少なくともOAK側は後悔があったようで、オーナーが代わった後にGrudenを2018年から10年$100Mという巨大契約(トレード拒否権あり)で呼び戻しています(が、2021年スキャンダルで解任)。
(OAKの4年間で通算38-26, トレード後TBの7年間で57-55)

2. Mike Holmgren (GB→SEA, 1999)

Andy Reidと似てる

続いても成功例。SFのOCを務めた後、GBのHCに就任すると7年間で75勝37敗(地区優勝3回、SB進出2回、SB制覇1回、負け越しなし)と、それまで強豪ではなかったパッカーズを常勝球団化させた超名将です。QBを育てる手腕にも長け、Steve YoungとBrett Favreを育てました。ここら辺の経緯は若干Sean Paytonと被りますね。

1999年にSEAが巨額オファー($4M/年 × 8年、Vice presidentとGM兼任)をHolmgrenに提示し、また同年の2巡ピックを対価としてGBに譲渡することでHCのトレードが成立。引き抜きに近い形です。その後10年間SEAのHCを務め、2005年にはフランチャイズ初のSBに導きました。
(GBの7年間で通算75-37、SEAの10年間で通算86-74)

3. Bill Parcells (NE→NYJ, 1997)

これは特殊な話で、後述のBill Belichickとも関連しています。
Parcellsは1993年にNEのHCに就任すると、低迷していたチームを立て直し1996年にはSBにも出場します。しかし選手起用•獲得を巡ってオーナーのKraftと衝突。GM業も含めた権限を与えるのを条件にHC就任を依頼したNYJへの移籍を画策します。

ところが、NEとの契約が残っていたParcellsはNYJのHCには就任できません。そこでNYJは契約の抜け穴を突き、Parcellsの元でアシスタントHCだったBill BelichickをHCとして招聘し、Parcellsを「アドバイザー」の役職に付ける(実質的にはParcellsがHC)というトンデモ作戦に出ます。NEからすると当然納得できず、法的手段まで検討。最終的にNFLコミッショナーのPaul Tagiabueが仲裁し、4巡(1997年), 2巡(1998), 1巡(1999)の指名権をNYJからNEに譲渡することで決着しました。

トレード後、Parcellsは前年1-15だったチームを9-7に、翌年は12-4でプレーオフに進出します(AFCCで敗退)。翌年8-8で再び引退しますが、2年以上NYJのHCを務めた中で唯一の勝ち越し記録を持っているそうです。
(NEの4年間で通算32-32、NYJの3年間で通算29-19)

4. Bill Belichick (NYJ→NE, 2000)

笑ってる画像とかあるんですね

上記のParcells引退の後、2000年シーズンからNYJのHCを引き継ぐことに決まっていたBelichickですが、HC就任発表からわずか1日後の会見の場で「NYJのHCを辞任する (I resign as HC of the NYJ)」と宣言(ナプキンにこれを書いた)。

NYJはNEからのタンパリングを疑い契約が残っていることを主張する一方で、BelichickもNYJの契約不履行•オーナーシップの不安定さが理由だとして訴訟を起こします。再びコミッショナーTagiabueが仲裁しNYJ→NEに1巡(2000年), 4巡(2001), 7巡(2001)、NE→NYJに5巡(2001)と7巡(2002)へと指名権の交換が行われる形で決着し、NEのHCに就任しました。

その後の現在まで続くNEでの活躍は言うまでもありません。SB6回制覇というレジェンドです。
(NYJは1日のみ、NEの23年間で262-107(2022年Week17時点))

5. Herm Edwards (NYJ→KC, 2006)

最後に失敗例です。NYJのHC在職時、KCのHC職に誘われたことを材料にNYJと契約延長•サラリーアップを交渉するも、それほど高く評価されておらず失敗。調べてみたら前年の成績が4-12、無理がある…。
逆にNYJはこれは好機と考え、積極的にEdwardsのトレードをKCと交渉し、最終的に4巡ピックを対価にトレード成立しました。
(NYJの5年間で通算39-41, トレード後KCで3年間で15-33)

V. まとめ

過去の例をまとめると、

となり、過去の例とSean Paytonの状況を比較すると、Saintsが希望する1巡指名権(あるいはそれ以上)も現実的ではあります。

一方で、元チームと不和があったわけではなく、巨額のオファーを持って他チームが引き抜きを図ったわけでもない今回のPaytonの例はかなり特殊で、また近年のHCトレードの例がないため上記の相場がどの程度適用できるかも不明です。複数の記事を読みましたが、GM経験者の間でも対価については相当意見が分かれている様子。ルーキー契約の制度が異なる2000年前後の当時とは1巡指名権の価値も変わるので当然でしょう。

もちろんSaintsファン目線では争奪戦になって大きな対価が得られたら嬉しいですが、選手のトレードとは違ってチームとPaytonで互いに興味がないと成立しない話なので、仮に対価が低くなってもGMに文句を言ったりはしないようにしようと個人的には思っています。1巡2つとか出したチームに行ったら、Grudenみたいにその後苦労しそうですしね。負けて叩かれるPaytonも見たくないです。

いずれにせよ、久々のHCのトレードが起こりそうで、結果次第では2000年前後のように他にもHCの引き抜きやトレードがその後流行るかもしれません。注目しましょう!

(1/31追記) 最終的に、2023年1巡29位(via SF)、2024年2巡(DEN)と2024年3巡(NO)をスワップする形でトレードが成立!やはり1巡が絡むトレードとなりました。Breesと同じく低身長QBであり、昨年は新チームへの適応に苦しんだRussell WilsonをPaytonの手腕で復活させられるのか?注目しましょう!

VI. 参考資料


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