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雨人間で見る世界

雨と晴れの境に居た記憶がある。
ペンキを塗るようにどんどんと地面が濡れていくから、晴れのほうへと無意識に逃げていた。

晴れと雨の立場というものが人間にはある。
僕らは晴れ側の人間だと思い込んでいる。

だから日常において雨の日にはうわ今日雨かと思う。
そして濡れると不快になる。濡れる割合が増えるとますます不快になる。
でも100%濡れると不快じゃなくなる。
あと部活が雨でなくなりそうなとき不快じゃなくなる。

それはすべてを諦めて晴れ人間から雨人間へと変わったからだ。

雨が不快なのは、雨の日なのに晴れ人間で過ごそうとする僕らのせいだ。

雨の日の喫茶店が良いのは晴れ人間のままでもよく分かるはず。
じゃあだよ、晴れへと逃げず、境目を飛び越え雨人間になって見る雨の日とはどんな世界だろうか。

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