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おのれぇ,チャージ機め

 2023年3月6日

 改札横にあるSuicaをチャージするための機械が苦手だ.むぐぐってなる.

 あのチャージする機械は,案内の音声を流してくれる.それは結構!良く仕事してらっしゃるわ!とは思うが,投入金額を決めて,さぁお金を入れるぞって時,

 「投入金が不足しております」

と食い気味に言ってくる.個人的な感覚だということはもちろん理解している.その上で,毎回,入れようとしたときに言ってくる気がする.母親が「ちょっとあんた宿題やりなさいよ」と言って,子供が「うるせえばばあ,今やるところだったよ」と言うシーンはよく見かけるが,まさかここでも見るとは思わなかった.だから,毎回,「うるせえ機械,今やるところだったよ」と思う.

 また,仕方ないのだけれども,機械はこちらの状態を理解せずに上記の音声を,しかも大きな声で,連呼してくる.大体,財布は荷物に入っている.彼の前に着いたら,まずタッチパネルで操作する.投入金額まで決めたら,背中のリュックを降ろして,外ポケットに入っている財布を取り出す.僕の財布は100均の小さな赤いポーチだ.なので,紙幣を取り出そうとすると,チャックを開けて,折りたたんだ紙幣を引っ張り出す必要がある.だから,毎回,これら一連の動作のどこかで,手間取る.その間,彼は投入金が,投入金が,投入金が,と呑気に自分の仕事を全うする.

 すごく恥ずかしくなる.あんなに大声で,投入金が不足しておりますと何度も叫ばれると,周りの人に「ああ,あの人財布からお金を取り出すのに手間取っているよ」と思われるだろう.それがすごく嫌なのだ.手元が焦る.無理やり引っ張り出した千円札は,財布の中からくしゃくしゃで登場する.綺麗にゆっくり取り出すか,くしゃくしゃで早く取り出すかは,その後の動作も考えて明らかに前者の方がいいが,どうしても身体は早く早くと言うことを聞かない.目先の欲望に勝てない.そして,くしゃくしゃの千円札は彼に入れても,ぺーと間抜けな音を鳴らして吐き出される.だから,太ももの上で手のひらを使って真っ平にして,そっと彼の口に入れる.その時点でもはや,手がぷるぷる震えている.誰もこっちを見ないでおくれ.

 「投入金が不足しております」が何度も流れるほど,僕は「財布からお金を取り出すのが下手な人間」という烙印を何度もぐいっとぐいっとこれでもかってほどに,押されている気分になる.そして,大きな音のせいで周囲の人からの注目が集まる.せめて,財布からお金を取り出すのが下手な人間でもいいから,耳元で小声で言ってほしい.機械から深海に生息するオオグチボヤのような形状をした器具がにょろりと伸びてきて,耳元で「投入金が不足しております」と小声で言ってくる.それならばこちらも小声で「おっとそれは失敬」ってな感じで振舞うことができるかもしれない.


 ただ,この前に至っては,普通に大学に遅れるかもしれないという負荷も加わって,焦りに焦って,くしゃくしゃ度が高い千円札を,もう入れちまえ!と思って入れて,思いっきり詰まらせた.ぺーぺーぺーと鳴る機械.無情に過ぎていく発車時刻.どうにもできない僕.最悪だ.彼の口から発せられる赤い光のせいか,僕の顔も真っ赤っか.

 財布からお金を取り出すのが下手な人間,に,機械を詰まらせる人間が付与された.いやしかし,周りの人には,機械のせいか僕のせいかなんて分からんだろう.だから,なんでだ?と原因を考えているふりをすることにした.とはいえ,どうすればいいのか分からなくて,それはそれで困ってもいた.

 突然,パカっと音がした.チャージ機の横に,小さな長方形の穴が生まれている.あれ,こんな穴開いていたっけと思うと同時に,穴の向こうに現れた駅員さんの顔上半分.どうやらその部分の壁だけ外れるらしい.穴越しに目だけ見えるというのは少し怖さを帯びていた.

 「機械が詰まってしまったので,少しお待ちください」

なるほど,チャージ機の裏は駅員の部屋に繋がっているのだなと思っていた.しばらくして,ぺーぺーと言う音は収まり,

 「それでは,もう一度操作をお願いいたします」

と言われた.そして,付け加えるかのように

 「あと,あまりよれた状態では入れないようにお願いいたします」

と言われた.完膚なきまでに機械を詰まらせる人間が付与された瞬間だった.


 そんなこんなで,未だに彼を好きになれないでいる.改善策も考えたが,財布は,良く落とすから,100均のものを使用しているし,取り出しやすいジャンバーのポケットだと,それはそれで落としそうだから,リュックのポケットに入れている.全部に意味がある.

 だから,せめて,彼に近づくにつれて,リュックを前に抱えるように,最近はしている.すぐに財布を取り出せるように.恋愛と同じで,お互いに寄り添っていかないとなと思っている.




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