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生の歌声を聴いた

 2023年7月22日

 昨日はブレナイというライブに,今日はどっきん!という事務所ライブの1部に出させて頂いた.ブレナイでは,初めてオープニングMCをさせて頂いた.僕の父が四回ほど事故に合い,最新のもので,骨を十本折った話をした.場では間違えて八本と言ってしまったが.

 でも,事故直後もかなり元気だった.医師によると筋肉が人より多いため,歩けていたらしい.丈夫で何より.

 リンドバーグさんが初出演だった.桝谷さんは相変わらず桝谷さんらしい発言をしていた.


 どっきん1部では,先輩であるキャプテンバイソンさんの,UNDER5の準優勝を記念した冠ライブであった.ゲストとして,あくびぼうやさんと金魚番長さんが来られていた.

 あくびぼうやの池田さんの衣装がチャイナ服なので,チャイナ服お好きなのですかと聞いた.すると,特段好きではないとのこと.えぇ?となった.

 キャプテンバイソンの高野さんに持っているサングラスの種類を聞くと,黒だけでなく赤も持っているそう.じぐざくのジャンプさんもサングラスで筑波大学なので,ジャンプさんを目指していくそう.

 余談だが,ジャンプさんはいつも僕を,あめんぼ君と呼ぶ.去年八月のこと.一度ライブでご一緒になり,袖の隅で他の芸人のネタを見ていた時,ジャンプさんが「あめんぼ君,こっちで見なよ」と気さくに声を掛けてくださり,スペースを空けてくださった.僕からしたら,一年目で,話せる人もいないし,何より大先輩ばかりのライブだったので,それがすごく嬉しくて,今でもよく覚えている.

 どっきんは三部まであり,そのお手伝いのため,ライブ終了後,新井さんと柿田さんはその場に残った.僕は家へ帰り,好きなシャツ(カレーとナンがたくさん描かれたシャツ)を着て,家を出た.


 実は今日の夜を密かに楽しみにしていた.初めて永原真夏のライブに行くのだ.今まで,自分の予定と合わず,チケットを取ることが出来なかったのだが,ようやく,ようやくだ.というか二年前のマカロニえんぴつの味の素スタジアムのライブ以来の,アーティストのライブだ.一人で思うままに往く.

 場所は三軒茶屋グレープフルーツ・ムーンというところ.なんと清涼感あふれるお月様だこと.月の搾り汁が目に入って涙を流す.酸っぱい酸っぱい.とにかく僕は浮き足だっていた.一人で良かった.

 京王線で下北沢駅まで行き,そこからとくとく歩いていく.二キロのなだらかな道.左右会計という会計事務所の看板が電信柱にぶら下がっている.珍しい苗字だ.屋上から巨大なゴリラが下に腕を伸ばし,落下する女の子を手のひらで受け止めているビルの一階のファミリーマートは平然としている.その差に笑ってしまう.ああ,いつものことですから,みたいな言葉が聞こえてきそう.そして,か細く流れる川があった.愛おしい.

 グレープフルーツ・ムーンは住宅街と飲み屋街の境目にあった.いざ来ると,未知への恐怖がじわじわ生まれる.地下の階段をゆっくりと下る.ドアを開ける.木の匂いが薄ら漂う.ドアの向こう側は,バンドセットが置かれたバーのようになっていて,五十人ぐらいでいっぱいになりそうな広さだった.バーで飲み物を注文し,席に座る.開演まで本を読む.どこかどきどきしていて,集中できなかった.愉快な恐怖.

 ゆったりと照明が消えていく.端からこぽこぽと溢れる始まりの空気は,全員にもたらされていく.そこからはもう,あっという間だった.


 初めて見る永原真夏さん,腹式呼吸だった.最近,腹式呼吸を完全に癖づけようと練習していたせいか,そればかり思ってしまった.しかも,その腹式呼吸はすごく上手だった.楽器のようだった.広々とした空洞から放たれる全身全霊の声は,それはそれは風のように服に肌に浸透していく.当人も間のMCで,腹式呼吸のせいで,年を取るにつれて笑い声に芯が生まれるとあっはっはと笑っていた.

 途中,どうやったら腹式呼吸があんなに上手くなるだろうかと,観察してしまって,曲を聴くどころでなくなったので,一旦何も考えずに見ることにした.

 ゲストバンドとして来られたMisiiNさんは二人組だったのだが,互いにハグをして,それをきっかけに演奏が始まった.チューニングのようだった.初めて聴いた.悲しみを知っている人の明るい曲ですごく良いと思った.

 エナジーが充満した地下空間.全身の声は,放射状に壁を床を生物を揺らしていた.身一つで,生を謳歌しているとも,生に反抗しているとも見えた.人間だった.永原真夏さんの歌った「みなぎるよ」という曲は,歌いたいと強く思った時にしか歌わないらしい.初めて歌にぶん殴られた気がした.それぐらいにポップで透き通ったロックだと思った.

 閉演後,歌声は僕の空洞の中で反響していた.じんわり内側から痺れている.やがてどこかに行ってしまうかもしれない.空へ宇宙へ果てへ.エナジーは形が変われど,消えはしない.だから,悲しくはない.

 今まで,僕はCDさえあればライブに行かずともいいかと思っていた.だから,チャットモンチーもフジファブリックもネクライトーキーもOKOJOもCDはたくさん集めているけれど,ライブに行ったことはなかった.友達に誘われて行くのみだった.でも,なんか分かった.生の声は,精神的な威力を確実に持っていると思う.自分の身体に干渉してくる.それはお笑いも同じなのかもしれない.


 来た道と同じ帰り道,ゴリラが相も変わらず腕を伸ばしていたことや,橙色の明かりとお好み焼きやたこ焼きの匂いが広がっていたことや,気づけばゆるやかな坂であったことや,行きよりも早く駅へ着いた気がしたことや,知るたびに悲しくなる日々がいつかは来ることや,それでも知らないままより知って悲しみを享受して,できたことはできたと,できなかったことをできなかったとを考えて,軽々しくてもはつらつと生きていきたいことなどなど,は全く思わずに,僕の目の前を歩いているライブにいたお客さんをどうやって抜かしたら気まずくないかで頭がいっぱいだった.ポエジーを乗り越えてくる性.


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