ペットボトルに突っ込んだ二万三千円

　2024年1月26日

　へそくりと貯金の違いを知らなかった．へそくりは秘密裏にお金を貯めること，貯金は将来や未来のためにお金を貯めること，らしい．どちらにせよ，何かのためにお金を貯めたことはないな，と思う．

　僕は，大学一年の頃，メキシコ料理屋でバイトしていた．タコスやトルティーヤを作っていた．働いていくうちに，任される料理もランクの高い物に変わっていく．三千円の料理を任された時ぐらいに，すごく怖くなった．

　だって，トマトを切るのが遅くて，何度も教えてもらったけれど，コツが分からなくて，家で練習してもできなかったし，サルサソースを作っていたが，材料の配分を間違えないように必死だった．つまりは，下手くそだった．

　それでも，自分の頑張りがお金になることが嬉しくて，ずっと働いていた．お金が欲しいというより，お金を手に入れる喜びを得るためのバイトだった．だから，適当に貯めていた．

　お金を手に入れるのはすごく嬉しい．ずっと持っておきたい．僕は今，バイトをしていないので，この喜びは得られない．なので，なんとなく少し貯めていたお金を，絶対に使わないというつもりで，ペットボトルに入れた．そうしたら，お金を手に入れた感じがして，すごく嬉しいと思った．疑似体験．

　十枚程度の紙幣が入ったペットボトル．それを今，棚に置いている．大学を卒業したら，バイトを始めるつもりなので，このペットボトルにお金を入れていけたらいいなと思う．このペットボトルはへそくりでも貯金でもないな．偶像とか象徴とかそういうもの．

　昨日は新井さんが体調を崩してしまい，お休みだった．今日は大学のゼミだった．新井さんは元気になり，明日はネタ作りができるそうなので，良かった．

　全時間を卒論に費やした．目と背中が痛い．ただ，半分ぐらい書き終えるところまで行った．あともう少し．僕の研究は土砂災害に関する新聞記事のテキストマイニングによる分析というもので，新聞の報道内容の移り変わりを調べる．この年はこの単語とこの単語が頻出している，などが分かるのだが，非常に面白い．土砂災害以外もいろいろやってみたい．

　シャワーがすごく気持ちよかった．背中にずっと当て続けていた．僕の家の浴室はタイル張りで，見た目がすごく寒々しく，実際に恐ろしく寒い．

　だから，最初に浴びる時は，うずくまって浴びる．なるべく冷気に触れる面積を少なくする．片膝を立てて片膝をつき，両腕をクロスして胸に当て，顔を下に向けている．その姿は，何かの祈りにも近しい．

　シャワーを浴びて，シャンプーを買いに行った．シャンプーが無かったのだった．行く途中にシャワーとスーパーの順序を逆にすべきだったと気が付いた．なんで考えつかなかったのだろう．シャワーを浴びる前から，シャンプーが無いのは知っていたのに，なぜかシャワーを浴びてからスーパーへ行こうと決めていた．意味が解らない．

　シャンプーとついでに卵を買った．スーパーのレジで「隣のお客様」と言う声に気が付かず，ぬぼぉーっとレジに割って入ってしまった．すぐに気が付き，退いた．自分しか頭にない自分が嫌で，スーパーを出るまで俯いてしまった．店員さんに顔を見せたくなかった．別にわざとしたわけじゃないのにね．なんでだろう．

　暖かい皮膚に冷たい空気が触れてすごくじんじんしていた．家に帰り，ベッドに入る．明かりを消す．そういえば，三鷹や吉祥寺の地下には大量の不発弾が眠っているという都市伝説がある．地下鉄が荻窪駅までしかないのもそういう理由らしい．ちょっと怖いな．

　横たわって，地面の微かな振動を聴きながら，上を見上げていた．僕の下の部屋の人は，夜中に重低音の楽器を弾く．

　嫌な人は嫌だと思うが，ぼくは平気．ぶぉんぎゅぉんずぅーん．なんだろう．

　ギロかな？小学校の頃，おんがくの授業で，むしの声という曲を弾いた．そのときに，使った楽器がギロだったな．ああ，あれはせんたく板みたいなやつで棒でこするんだ．懐かしいな，あれから大分遠くまで来てしまった．

　寝る少し前の時間帯は，寝ぼけも相まって，自分が何歳なのか忘れて，過去と現在が入り混じりがち．