Be mine 第三話

 補講期間も含め、一ヶ月以上続いた夏休みも終わって、ちょっとだけ憂鬱な学校へと行き始める。一番面倒なレポートの課題は、みんな何とか終わらせていて、目の隈が酷い人が何人かいた。ご苦労様でした。
 優奈の顔はちょくちょく見る。お互い友達同士で昼ご飯は食べるけど、連絡とかはまあまあする。よくある何時間開けてメッセージを返す、とかはもう無くて、気楽に話せる関係だった。でも、お互いの友達を大事にしているから、講義の終わった後とかに、ようやく二人の時間があった。
 ライブの日まで後二日。会場は土曜の横浜スタジアム。優奈とは明日の朝十時に合流して、名古屋駅から新幹線で新横浜まで行き、予約していた付近のホテルにチェックインする。二泊三日の連泊にしようって約束していた。
 ライブ終わりのホテルで、告白でもしようかなと考えていた。既に一線超えた間だけど、いまだに付き合っては無かった。もう付き合っても大丈夫だよねって位には仲が良いから、明後日明後日言う事にする。二泊三日のライブ兼デートのようなものに、胸がそわそわしていた。
 次の日になった。目覚まし通りの時間に起きて支度をする。授業はサボって、いざ、二泊三日の旅へ。名古屋駅の銀の時計で待っていると、すぐに優奈が来た。
 「お待たせ!待った?」
 「ううん、今来た所」
 「そう?良かった」
 予定通り、二人で決めていた新幹線へ乗り込む。待ってろ横浜スタジアム。
 電車の中は快適で、十分もしない内に優奈は寝てしまった。昨日楽しみで眠れなかったって言っていたし、相当眠たかったんだろうなって。肩に寄り掛かる彼女を起こさないように、そっと目を閉じた。

  「着いたー!新横浜ー!」
 待ちに待った横浜。さっきまで熟睡してたとは思えない位、優奈のテンションは高い。改札を抜けて時間を確認すると午後一時少し前。駅の中にあったロッカーの中に荷物を入れて、昼ご飯を食べに、駅の近くの中華料理屋に入った。お昼時なのもあって、店中は混んでいた。席へ案内されると共にメニューが配られ、二人でどれを食べようかと迷っていた。
 「麺もいいけど炒飯もいいんだよなあ。亮君は?」
 「坦々麺にするかな。サイドは春巻きと水餃子にしようかなって。それでいい?」
 「いいよ。それじゃあ私は五目あんかけ焼きそばにするかな」
 注文して、メニューが下げられていく。油の跳ねる音で他の客の声はそんなに聞こえない。
 「亮君さ、横浜来たことある?」
 「あるよ。友達とも来たし、修学旅行でも来たね」
 「修学旅行!?北海道からここまで来れるんだ!すごいねえ」
 「逆に優奈は修学旅行どこに行ったの?」
 「私は大阪と京都だなあ。愛知から大阪京都なんていつでも行けるくない?」
 「そうだよね」
 「そう、それで私横浜とか東京とか来たことなくてさ。人すごい多いよね」
 「本当に多いよね。札幌ですらこんなに人いないもん」
 「でも札幌も多い方でしょ?行ったことないから分かんないけどね?」
 「まあまあかな?でも愛知も結構人多いよね。名古屋だし」
 「働いてる人とかも多いしね」
 話に花を咲かせていると、出来立てホヤホヤの注文した料理が運ばれてきた。優奈は写真を撮ってSNSに載せる。頂きますをして一口、坦々麺の美味しい辛さが口の中で広がる。
 「んー、美味しい!これが本場の人が作る中華かあ」
 美味しそうに頬張る優奈の顔を見て、少しだけ出先特有の緊張感が解けた。
 「昔からあんかけ好きなんだよね。焼きそばとか野菜炒めとか色々レシピあるし、飽きないし」
 「甘酢あん作るの難しそうじゃない?」
 「簡単だよ?酢と砂糖と醤油と水と片栗粉混ぜてとろとろになるまでフライパンで混ぜながら温めるだけ。簡単でしょ?」
 「そんなにすぐに作れるの?知らなかった」
 「それは人生の八割損してる」
 「そんなに!?」
 笑いながらも、目の前の料理はどんどんと口の中へ運ばれる。ご馳走様でした。
 それからは服や雑貨を見たり、二人でゲームセンターで遊んだりした。まるで付き合いたての二人の様に楽し買った。
 それから電車で川崎まで向かい、ホテルへチェックインをした。部屋に着くなり彼女は、ツインの片方へ飛び込んだ。
 「しずむーつかれたー。このまま寝れるよね」
 「ほんとね。明日は七時半起きかな」
 「やだなー早いなー」
 「起きれなかったら起こしてあげるから」
 「おねがーい」
 「大浴場行く?」
 「行くかあ」
 浴衣に着替えスリッパへ履き替え、財布とスマホとルームキーを持って、二人で大浴場へと向かう。またねと別れ、暖簾を潜ると、蒸しっとした空気に包まれる。いつもはシャワーだけで済ますけど、風呂に入るなんて高校生以来だ。体を洗い、爪先からゆっくりと風呂に入れていく。さっぱりとした汗をかきながら気付けば気付けば十五分、さっと体を流して脱衣所へ戻る。久しぶりの風呂だからか、肩凝りが少しだけ解れた気がする。
 浴衣を着直し、大浴場から出てすぐの広間で待っていた。顔を上げて辺りを見回すと、浴衣を着た別の女性と、一瞬だけ目が合った。よく分からないが、なんとなく見覚えがある気がする。正直大学生なんて、同じ様な見た目をした人で溢れかえっているから、ただのデジャブなだけかと、自分の中で終わらせた。でも、確実にこちらを見ていた。特別顔が良いという訳でもないのに何故だろうか。それから暫く待っていると、彼女が出てきた。
 「いやあ、お待たせー。すごい気持ちよかったねー」
 「ほんとね。いっつもシャワーしかしてないから久々入ったなあ」
 「亮君いっつもシャワーだけなんだ、知らなかった」
 「風呂入ったら寝ちゃいそうでさ。それよりご飯食べに行こっか。お腹空い
たよ」
「うん、行こー」
 ホテルの料理はビュッフェ形式で、白米からパンや麺、高そうな肉からスイーツ、見たことない名前のワインまで様々な料理があった。二人で色んな物をお腹いっぱい食べた。優奈、結構綺麗なスタイルなのに、どこに入るんだって位食べていて驚いた。帰りに売店で晩酌のお酒とチーズ鱈を買って、明日のライブどんな感じかなとか、この曲して欲しいよねとか、色々妄想して二人で楽しんだ。

 朝六時、目覚ましよりも早く起きた。優奈はまだ寝ていた。結構酔ってたし、もう少しだけ寝かせてあげよう。先に部屋にあるシャワーでさっと寝癖を直し、体をしっかりと目覚めさせる。今日だけに限らない、休日以外の僕のルーティン。すっきりしたら上がって、体を拭いて、ドライヤーでしっかりと髪を整える。整えるったって、なんとなく真ん中で分けるだけだけど。
 七時十分前、ある程度の身支度は終わったから、まだ気持ち良さそうに寝ている彼女を起こす。うーんって言いながら転がって、ベッドから落ちた。幸い布団があったから怪我とかしてなかったけど、不本意ながら笑ってしまった。なんとか起こして着替えさせて、朝ご飯の会場へと向かう。
 朝ご飯もビュッフェだった。朝食は味噌汁や枝豆サラダ、パックのチーズやパンにつける為のジャムパックまで並べられていた。優奈がシャワーだけしたいと言うから、パパッと食べ終えた。
 それから準備をして、九時を少し過ぎた辺りでホテルから出た。連泊するから、必要な荷物だけを持って、横浜へと向かう。
 ライブが始まる午後二時まで全然時間があるから、暇だから色んな所を見て回る事にした。愛知には無かった細い裏路地の奥にある居酒屋、本格的な楽器を取り扱う店、SNSでたまに見る様な一風変わった洒落た人等、新鮮な物をどんどんと見れた。
 ライブのグッズ購入にに間に合う様に、三十分以上前にライブ会場へ入った。既にたくさん人がいて、ワンマンライブの今日は、Seek Back一色だった。なんとかシャツとタオル、それにラバーバンドは買えたけど、スマホケースやステッカー、パーカー等は既に売り切れていた。
 ホールにも既に人が多く、僕達はブロックの真ん中辺りだった。僕達以外にも四月にあったライブのシャツを着ている人はちらほらいた。どんどんと人が集まり、刻一刻と開始が迫る中、一気にホール内の電気が消え、静かになった。
 夢の様な時間だった。舞台上手からSeek Backのメンバーが登場し、大盛り上がりした。挨拶から始まり、すぐに演奏へ入る。代表曲の「飛べよ」から始まり、新曲の「夕焼け」や優奈の好きな「アネモネ」をサプライズのアコースティック演奏等もあり、大盛況で幕を閉じた。僕の隣で泣きながら演奏を聴く彼女に、少しだけつられて泣いてしまった。
 「いやー、良かったね」
 「うん、良かった」
 「ほんとさ、アネモネのアコースティックやってくれるなんて思ってなくてさ。思わず泣いちゃったよね」
 「ちょっと報われた?」
 なんて笑いながらホテルへ戻った。はしゃぎ過ぎたし、汗がすごいから、すぐに大浴場へ向かった。昨日と同じ様に僕の方が先に上がる。暇だからと、売店で買い物をしていた時だった。昨日と同じ人と、また目が合ってしまった。
 「あの」
 「はい」
 「やっぱ、なんでもないです」
 彼女は袋の物を胸に抱え直して、足早にその場を去っていった。なんだか怖くて、時間の流れがおかしかった。動悸を落ち着かせて、昨日と同じビールとスナック菓子を買う。広間へ戻ると彼女が待っていた。
 「先に売店行ってたの?」
 「うん。早く部屋戻ろっか」
 「ありがとね」
 部屋の扉を閉めた後、すぐに名前を呼ばれる。
 「あのさ」
 優奈は少しだけ下を向いて、やっぱりこちらを向いて言った。
 「お付き合い、しませんか?」
 手から袋が落ちて、腕から彼女を包んだ。

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