素直、尚。

 都会から電車で一時間程離れた田舎町に、とある少年がいた。中学生にしては高校生程には背が高く、声も低い。フリだかどうだか「付き合って」と言われて、そのまま「何に」と返す位には世間知らずで、職員室で「先生」と呼んでしまい、みんなを振り向かせる位には抜けている。そんな彼のお話。

 当時中一の少年は、担任が好きだった。面白くてユーモアのある人だった。理科の授業を担当していて、バドミントンに熱のある人だった。

 ある日、彼は溶連菌と肺炎を立て続けに引いてしまい、学校を一ヶ月程休んだ。彼が学校へと戻れたのは、よく晴れた昼休みの時。久しぶりの友達に会えて、彼は良く喜んでいた。

 彼が学校へ復帰した時には、中間試験まで二週間を切っていた。彼には一ヶ月分の授業の知識が一切無く、家で寝込んでいた間も復習すらも出来ない程には弱っていたので、残された数日で、自分で出来る分だけ頑張った。

 迎えた当日、それからテスト返却。やはり成績は悪かった。いつもは五教科全て九十点台を取っていたのに、その時は初めて六、七十点を取ってしまった。今回は残念だった、それで終わればよかった。

 担任にこの点数は何だ、本当に勉強したのかと、昼休みの教室で怒鳴られていた。いつも教室にいた人も、その日はどこかへ居なくなっていた。怖さと恥ずかしさに溢れて少年は泣いてしまった。

 彼は、彼の好きだった担任に「勉強をやめろ」と言われた。担任は反面教師をしていたのだろうが、彼は素直真面目が故、その言葉を鵜吞みにしてしまい、その日を境に勉強をやめてしまった。彼の人生を大きく変えた一日だった。

 少年の趣味はゲームだった。同時期に少年の家にインターネットが繋がり、家にあった据え置き型ハードのゲームをひたすらにやり込んだ。知らない世界に触れ込むのが、ただただ楽しかったらしい。

 少年が中二になった時、勉強の成績がみるみると落ちていった。伸びたのは背丈と、部活でひたすら友達とやっていたタイピングのスコアだけだった。学校生活は楽しそうだった。担任が変わって、彼の先輩の友達のお父さんが、定年退職として最後の担任を受け持った。先輩が丸さんと呼ばれていたのに対し、担任は丸ちゃん先生と呼ばれていた。丸ちゃん先生は、自分の息子の担任なんてやりたくなかったそうで。

 少年とクラスメイト達にとって丸ちゃん先生は、会ってきた担任の中でトップの居心地の良さだったのだろう。放課後まで彼らの話を聞いたり、時には笑わせてくれたり。今までの小学校までの担任がどうだったとかでは無く、すごく親身な先生だったらしい。少年も楽しそうにしていた。

 少年が中三になった。背丈も百八十センチ程になり、背丈だけ見れば大学生程には大きくなっていた。

 夏に、少年に初めて彼女ができた。塾で知り合った人と仲良くなって、話していたらいつの間にかなっていたらしい。お互い初心なものだから、デートとかもお散歩みたいなものだったらしい。

 卒業式、みんな泣いて笑って、よくある卒業式って感じだった。その後のクラス会の途中に行われたくじ引きで、運良く少年は当たりを引いて、前に立ってありがとうと言って、丸ちゃん先生とハグできたとかなんだとか。


 少年は高校生になった。もう青年と呼んでしまってもいいだろう。春に彼女と別れて、その後に別の人と付き合った。切り返しの早さは屑さが窺えるが、青年の精神的不安の事を考慮すると、少しか許してもよかったのかもしれない。

 高校生活も最初は楽しんでいた。期末試験こそ最低点を取る位には勉強をしなかったが、留年の危機も無く、友人関係も良好だった。彼女に誘われたという美術部のようなものでも、絵こそ下手だったが、先輩達とも仲良くなれたらしい。

 数ヶ月後、彼女の浮気が酷く、青年は、彼女が最後にした浮気をきっかけに、三度目の正直として区切りをつけた。周りの友達は、彼は悪くないと慰めていたが、青年は善悪など考える程の力も残っていなかったらしい。相手は同じ部活の先輩だったそうで、もうどうでも良かったらしい。青年は部活を次の日に速攻やめて、帰宅部になっていた。後日談、それを知った彼女の父母には、数日間彼女は話すら聞いてもらえなかったそうで。

 高二になって、青年と彼女は奇しくも同じクラスになってしまったらしい。クラスの面子も彼らの世代の中で一番酷い組み合わせで、後々青年は、「あいつら全員マイナスだったけど、プラマイゼロだったお前が一番いい奴だった」と言われる位だったらしい。元カノの事で散々弄られ、昼時には自分の席すら無く、他のクラスに行って昼ご飯を食べていたとか。学年初の便所飯寸前の瀕死状態にまで追い詰められていた。青年は軽い旋毛禿になっていたから、相当なものだったのだろう。青年は、一組だけ面子が持ち上がりのクラスにいる友達と放課後に暗くなるまでよく遊んでいたらしい。教師もクラスも嫌いな彼の学校生活においての唯一の逃げ場だったのだろう。

 青年にはネットゲームで知り合った女友達がいるらしい。女友達は青年と違って、自分中心の人生を送る元気な奴だと聞く。性格上、時々振り回されているそうで、女友達と関わった沢山の男達も結構同じ目にあっているのを、たまに流れてくるSNSで見ている。今現在もたまに話す事はあるようだが、青年は大丈夫だろうか、酷い目に遭っていないだろうか。

 三年になってから、彼は自身の将来についての知識が極端にないことを知った。大学に行けるような頭も無いくせに、就職の仕方を高校の教師に聞きたくなかったそうで、青年は意地っ張りのどん詰まり木偶の坊だった。しかし、青年は運良く元カノと行った都会の学校のオープンキャンパスの事を思い出して、ニート回避の為だけに五百万をかけて四年を手に入れたらしい。とんだ大馬鹿野郎だ、と言いたいところだが、活路を見つけて生き延びた分、まだマシなのかもしれない。それでもクラスメイトが変わって自分の居場所を作ることが出来て、放課後には昨年行っていた持ち上がりクラスの教室へ卒業まで遊びに行っていたそうで。青年と同じ年代の人達で、あんなにぶっ飛んでいた彼を知らない人はいないだろう。

 人との関わりに対しての知識がかなり少ないせいで滅茶苦茶な転落人生を歩んだ青年は今、まだどうやらしっかりと生きているらしい、たまに他の人のSNSで彼の姿を目にする。素直だった青年は、素直であったが故に学んだ事をどう考えているのだろうか。酷く歪んでいても全くおかしくない位の6年間を生きた彼は、果たして今、どこで何をしているのだろうか、昨日その辺で野垂れ死んだりしていないのだろうか。上には上がいるが、あの青年も中々の奇想天外な人生を送っている気がする。
 尚、面白い事にこの話はノンフィクションであり、更には盛ってすらいない。全く、馬鹿げた話だ。

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