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「潜在美意識®=内なる美」について


コロナの事だけではないはず。

人類の歴史上天災人災、大なり小なり様々なネガティブな事象が起こったときに、人として・・・人としてどう在るべきかという根源、人間性が大きく露呈するということ。

追い込まれたときの、言動

希望を持ち改善しようと思った時の、言動

心の在り方が、とても大切だという事。

大学時代の親友が、かつて新潟県長岡市で公務員をしていました。中越大震災があった当時、利他の精神を持ち、責任感の強い友は、自宅が半壊となり自分の家族の安全すらままならないながらも誰よりも献身的に、住民のために、と尽くしていました。

避難生活が長くなり、だんだんモチベーション維持もしんどいし、疲弊する中でも気丈に頑張っていたのに、物資を我先にと独り占めしようとする方の存在、そして心無い暴言を放つ方の存在、そんなヒトの黒い部分を目の当たりにし心が折れてしまいました。

しばらく仕事も続けられない程精神衰弱してしまったのです。

収束に向かう流れに見えますが、今医療従事者の方がたは、中にはそのような状況下に依然厳しさと向き合っているかと思います。

私は、不必要に狼狽えず身近にできる事を実践するほかないと思うのです。

《新しい指標のご提案》

自分の立ち居振る舞いの基準に、

正しいか?正しくないか?

置くというジャッジではなくて。

私は、その立ち居振る舞い、言動が、

美しいか?美しくないか?

それを判断基準としています。

自分の常識をモノ差しに、相手の言動を正しい正しくないで判断するから、裁こうとするから、争いの素を造るのではないでしょうか。

Q誰よりも先に、我先にと、トイレットペーパーを買い占めるのは?

美しい?美しくない?

Q自分が楽しければOKと、自粛期間に旅行にでかけるのは?

美しい?美しくない?

その行い、振舞いが

「美しい?美しくない?」

で考えると、無理がない、そして社会にとって良好な方向に向かうのではないかな、私は考え実践しています。

会津生まれ会津育ちの私。会津っぽの中では有名ですが、ならぬものはならぬ、の精神で生きてきましたし、母親には、あーしなさい、こうしなさい命令形で育てられたので、枠を飛び出たりするのが極端に苦手で顔色伺うタイプでした。

そんな私が、子供をもち、子育てに直面した時に、自分の正しさを押し付けたくはなかったのです。

そもそも、倫理観は大切として、正しいとは何だろう(・・?

正しいと思っていたことが、時間経過で実は、、、と覆される事例もあります。

《潜在美意識®内なる美の存在》

これは、私が生み出したワードなのですが、その解説をさせてください。

今でこそ、自身に眠る潜在美意識®に気づき、ランジェリー活動をスタートしていますが、産後メンタル崩壊し、とても苦しい時期がありました。

また、天職と思っていた長年商品企画で培ったランジェリーの知識はゴミかもしれない・・・そういう経験を経て、今が在ります。

苦しんでいる最中、“内から輝く美”、“泉のように絶えず湧き出る美”、意識が作り出す美の世界に着目するようになったのです。

潜在意識には、既に本人でさえ忘れてしまった幼少期から今までの記憶が全てストックされているのだそうです。また、当たり前のように呼吸し、生命活動を維持してくれている大事な意識でもあります。


その潜在意識の奥に眠る美意識=私はこれを

潜在美意識®

と命名し、その目覚めを促し、輝きを与えてくれるのが「ランジェリーだ!」ということにも実体験のもと気づいたのです。

私たち女性は、生まれてから対外的に色々な肩書きを背負って生きていきます。

少女からレディーになり、ワーキングウーマン、母、オバサン、おばあちゃん・・・といったように。

対外的肩書きは変わっても、その女性だけが織りなす美意識はオーラのように輝き続け、生涯その人らしい輝きを放っていくのです。

目に見えないはずの意識が、ランジェリーを通して外側の世界に影響しているようにも感じるのです。

ランジェリーを出発点に生み出したワードが、私自身の生き方の指針にもなっているというお話です。

例えば身近に、お料理だって、そうですよね。ただ美味しければいい、栄養あればいいではないはず。

ひたすら美しさを希求していくのは人としての本質であるのかなと思います。

コロナだから思う事、私が大切にしている事を綴ってみましたが、

そろそろ本業についても次回以降、綴りますね!

Instagramでは5月15日13時半から初ライブ予定です。緊張しますが楽しんでがんばります!