インスタント永遠の隙間。
夜に突き放された夜みたい。
私はそっとドアを開けた。
私の恋人は、私と同じベッドで眠る時にだけ髪が伸びる。昼間は肩につくくらいの焦げ茶色のストレートヘア。でも、夜は真っ暗なロングヘア。
ここで、私たちはつかの間の会話をしたあと薬を飲む。人を殺すくらいの量なんだけど。するとあっという間に死んじゃって、三分で簡単に永遠が作れるってわけ。
カラオケって高校生ぐらいの時よく来たな。ふとそんなことを思う。私と彼女が入ったカラオケボックスはどうやら壁が薄いみたいで、へたくそな歌がごちゃごちゃに混ざって聞こえてくるから気味が悪い。静かじゃないね、と苦笑いすると、彼女も同じ笑顔で返事をした。
彼女がリモコンに手を伸ばしたので私はおどろいて、「うたうの?」とたずねた。すると彼女はもっと驚いた顔をしてから、「カラオケで歌う以外に何するの?」と尋ね返してきた。それもそうかとおもい黙っていたけれど、なんだか変な感じだ。
曲が流れてきて、彼女は歌をうたい、私はその歌をきいた。べつに私はなにも歌いたくはないので黙っていると、彼女も黙って、退屈だから、私は彼女の閉じた唇にキスをした。そう、こういうの。こういうのしたかった。
「おこられるよ、店員さんに」
彼女が平静を装っているがわかった。へいきでしょキスくらい。私がそう言っても彼女はその日、ついに笑顔を見せることはなかった。
世の中には永遠じゃない愛があふれるほどに存在している。その数え切れない愛の中に、本物になれる愛とそうじゃないのがあって、美しい愛とそうじゃないのっていうのもある。
私はセーラー服を着ている。彼女もそう。するとどっかのカメラマンがひょこひょこ寄ってきて、私たちがキスしてる時の写真を撮って去っていく。まあこれは美しいけど、本物じゃないやつ。
私たちは大学生である。毎日の課題に追われ、アルバイトにも追われ、奨学金の返済にも追われている。その中でたまにメールのやりとりをして、デートをして、もう面倒くさいので半同棲しちゃったりする。こういうのはたぶん、美しくはなく、でも本物というわけでもない。
結婚式というのは忌々しいものだ。私は彼女から招待状を受け取り、欠席にマルをする勇気もなかったので、ノコノコこんな所までやってきてしまった。私は新郎新婦を睨みつけ、でも本当に睨みつけるわけにもいかないから、笑って、心で泣いて、笑い、トイレで泣き、化粧を直し、また笑う。こういうのは、美しいのかもなあとおもう。悲劇っていうのは喜劇よりも格上だとエライ人が言っていたし、でもやっぱ、本物じゃない。
夜に突き放された夜の話に戻ろうとおもう。
ドアはまだ開いている。
私の恋人は、私のベッドの上で髪の毛を伸ばす。
私たちは今年二十三歳になる。私たちは薬を飲まないし、セーラー服も着ない。同棲ならしてるけど半同棲はしてないし、結婚式の招待状を送ったり、返事をしたりもしていない。
ただ私たちはここに、このベッドの上にいて、ねむって、あしたも仕事に出かける。そしてそのうち私か彼女が心変わりをして、この家を出ていき、永遠は永遠じゃなくなる。美しさはさらなる美しさか、または醜さに変わる。本物にはなれない。なるすべもない。永遠も美しいも手に入る。でも本物だけは手に入らないのに、この世は本物であふれている。
「一瞬だけのものって美しいんだよ」
たとえば中学生の時の初恋とか。妙に美化されて、懐かしくて、たぶんみんなそういうのが好きだし、そういうのを露骨に嫌がってみせるのもいいし、でもとにかくいい、そういうのは。理屈抜きでいい。
会社の忘年会で、同僚の男が言った。彼は小説を書くのが趣味だという。わたしは苦笑いで、その場をやり過ごす。
タクシーに乗って家に帰るまでの間、カップルを何人か見た。この時期のこの時間帯だからか、町には酒に酔ったひとが大勢いるようだった。カップルはキスをした。仲間たちに冷やかされ、彼と彼女は抱き合って、また冷やかされ、笑い声がこちらにも響き渡ってくるようだった。私がその光景からどうしても目を離せなかったのは、あの日のカラオケボックスで笑えなかった彼女のこと、思い出したから。
「屋上ってすき」
「よかった」
セーラー服のスカーフがひらひらと揺れている。暑い夏なのに、わたしたちはキスをする。
みんなが私たちのことを見ている。本物になれない私たちの中に美しさを見ている。
私たちは寝転がり、手をつないで、永遠と儚さゆえの美しさをつくりだす。そうするとみんなは満足だろうとおもう。でもここから先は誰にも見せない。見てもらわなくたってかまわないもの。
この話あなたたちにはおもしろくないでしょ。小説にはしないつもり。じゃあまた明日ね。そう言って私はドアを閉める。バイバイね。これであなたたちのお望み通りだもん。
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