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最重要案件4/バスク・人ならざるガクヅケ

2020年は世の中が大変なことになってしまったため、お笑いライブに行く機会が減った。一方で配信が大幅に増えたこともあり、これまで見る機会のない演者や地域のライブも気軽に見ることができたのは嬉しかった。

そんな状況の中で僕が選ぶ2020年のベストお笑いライブは、11月10日に新宿バティオスで開催された『最重要案件4』である。

最重要案件4は、ピン芸人・矢野号が率いる企画ライブ集団『ラクシュミ』の主催ライブだ。矢野号は以前より自主企画のライブを主催していたが、よりその活動を推し進めるにあたってこの団体を作ったという。ラクシュミの本格的な活動は2020年初頭から開始したが、そのタイミングをコロナ禍が直撃するという最悪なスタートとなったことには思わず同情した。

(実際、2020年3月ごろはライブの告知コーナーで矢野号自ら矢面に立ち団体立ち上げを宣言していたものの、本格始動の最初に行う活動としては「自粛」であると発表して客席から苦笑が漏れていた。あれはかわいそうだった。細い字で「じしゅく」とだけ書かれたフリップを客に見せる姿には泣き笑いするしかなかった)

結果的に、ラクシュミ主催ライブは11月まで開催されなかった。

さて、そんな苦難のスタートだったこともあり、最重要案件4は非常に気合の入ったライブとなった。何しろ本格始動から8か月間活動を我慢していた団体のライブである。自粛期間中に練りに練ったであろう企画の雨あられをぶつけるMC矢野号の気迫は凄まじく、胃もたれのような感覚を味わった。

(劇場でお笑いを見る人間であれば伝わる話だと思うが、本当に良いライブは笑いすぎて終盤に体がグッタリするし「もういいよ」的な気持ちになる。本当に面白ければこそである)

出演芸人もライブシーンの最前線で活躍する精鋭揃ばかりである。

最重要案件4がいかに良いライブであったかは、出演芸人の一組である真空ジェシカが自主ラジオで語っている。真空ジェシカの川北茂澄が語るところには、「お笑いお笑いしていた。本当に久々だった」「たくさん笑うやつが『センスいい』、笑えないやつが『センスない』みたいなライブだった」とのこと。

また、川北はこうも評していた。「バスクみを感じなかった?」と。『バスク』……。客席から見ていた僕も、まったく同じものを感じていた。

バスクとは、2013年から開催されている、阿久津大集合(新宝島・梅エースなど。現、阿久津和正)とAマッソ加納主催のネタライブである。主に新宿バティオスで開催されており、間違いなく当時のライブシーンにおける最先端の面子が集うライブであった。

最大の特徴としては(別に、ライブの主義として統一していたわけではないはずなのだが)どの芸人も極めて難しいネタを持ち寄る傾向にあったことである。明らかに一般的ではない展開・仕掛け・題材・振る舞いを盛り込んだネタが多く、まさしくアングラ博覧会といえるライブだった。一方で、それだけ突飛な構成であったにも関わらずどの組も爆笑をかっさらっていたため、新世代のお笑いがどんなものであるかを明確に示していたともいえる。

メイプル超合金や錦鯉、ななまがり等の存在を知ったのもバスクだったと記憶している。後に彼らが賞レースで華々しい実績を残したことからも、間違いなく当時のバスクが最先端をひた走りつつ、新時代の正しいお笑いを追い求めていたことが分かる。もちろん、同じくバスクで出会った虹の黄昏や横須賀歌麿、ローズヒップファニーファニー等はなかなかブレイクを果たせずいるが、彼らの場合は最先端すぎて時代が追いついていないだけであることがネタを見れば明らかである。したがって何も心配はしていない。

そんな魑魅魍魎がうごめく魔のライブであったバスクだが、本格的な公演は2017年を最後に行われていない(厳密には『スーパーエース寄席』等の名前で同種のライブが行われていたが、バスクの熱狂に比べるとややおとなしい内容だった)。原因はハッキリとアナウンスされていないものの、主催の一人であった阿久津のコンビ解散や芸人引退によるものだと推察される。

真空ジェシカは、バスクに皆勤で出演する芸人だった。唯一、最後のバスクのみ出演できなかっが、その際はライブの公式ツイッターでわざわざそのことを触れられていた。そんな真空ジェシカだからこそ、最重要案件4の異常性にいち早く気づき、その感覚に対して同じものを連想したのだろう。

そんなバスクを主催していたうちの一人である阿久津だが、2020年に芸人復帰を果たしている。現状(あくまでも僕自身が追える限りの情報では)目立った活躍を見せていないが、いずれあの熱狂を再び巻き起こしてくれるに違いないと信じつつ、見守りたいところである。

さて、そんなバスクの常連であり、最重要案件4において間違いなく最も輝いていたコンビがいる。ガクヅケである。あの日、ガクヅケのネタは明らかに常軌を逸した上で爆笑をかっさらっていた。

当日披露したネタはおそらく今後の勝負ネタになるだろうから、詳細を記載するのは控える。ぜひ大きなライブや賞レースで大爆発するのを期待して注目していてほしい。しかしながらどのネタなのかを部分的に紹介するならば、「ちょっと昔の、難しくて恐ろしいほど暴力性をはらんでいた頃のガクヅケ」が見られるネタといえよう。あのロックバンドの曲を使ったサイレントコントであり、間とフリをたっぷりと使った贅沢なコントである。極上の「難しい」コントと言ってもいい。しかしネタが終わった瞬間、2時間の映画を見終わった時のような満足感を味わえるコントでもある。

実は、最重要案件4の当日は、会場の照明が極めて不調だった。配線か何かがおかしくなっているらしく、舞台上で飛んだり跳ねたり大きな声を出したりで大きな衝撃が発生すると、メインの照明がストロボのように激しく点滅するのである。明らかに舞台のコンディションとしては最悪であったが、さすが百戦錬磨の演者たちとあってか、上手にそれをイジって昇華していた(ネタ中に阪田ベーカリーにも照明にもブチ切れ続ける赤もみじ村田大樹の姿などは圧巻だった)。

そんな中で披露されたガクヅケのネタは、前述の通り最高の内容だっただけではなく、照明トラブルも相まってえも言われぬ様相になっていた。ネタ中の最も盛り上がるシーンでは、ガクヅケ木田がとある姿に変容するのだが、そのタイミングで運悪くストロボがバリバリと激しく点滅した。だが、バックの音楽が鳴り響く中、セリフのない木田が暗闇の中で突き刺すような光を全身に浴び、無言で立ち尽くす。その姿はまさしく人ならざるものであった。

壮絶である。長らくお笑いライブに通っているが、その中でも1,2を争う壮絶な姿だった。いうなれば「怪我の功名」だったわけだが、ストロボを浴びる木田の姿こそ、あのコントで表現したかったものであったことは想像に難くない。

当該ネタで使われる音楽は、約5分間の曲である。僕はこの曲をこの長さに収めてくれたあのバンドに感謝したい。なぜならば5分間とは、キングオブコント決勝で披露するネタ時間だからである。僕はあのネタをKOC決勝で見たいと心から願うし、そのときは(番組の演出上実現可能かはともかく)あの偶然に発生したストロボすらも取り入れてほしいと思う。それくらい凄まじい演出効果だった。

22歳で初めて東京に出てきて、右も左も分からない中で笑いに行っていたあの頃に見ていた姿を、28歳で再び同じ会場で見れた。次は日本中にその姿を見せてあげたい。僕がそれで救われたように、あの姿で救われる人が日本のどこかにいると思うので。

というわけで、僕のそういう気持ちを表現している曲です。

<ヘッダーは志村貴子『敷居の住人』4巻P81より。偶然にも船引亮佑が世間に公表するより先に神様キャンセルしていた近藤ゆか(2000年3月!)>

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