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【海と山の境目】 第11話 雨音(amane)の流れ

背中から抱きしめたら、驚かせてしまう。それに、背中だけを見つめていれば、泣いても驚かせない。ただ、隆志が悲しんでいる時に少しだけ嬉しくなる想いは、雨音の最大限の愛情であり、隆志が喜んでいる横でほほ笑みながら、少しだけ悔しくなる思いは、隆志へ対する雨音の強い嫉妬でしかなかった。

雨音と海に辿り着いた。遠い遠い道程だった。

潮の満ち引きが2人の距離を縮める。水平線は輝きを増し、雲のように柔らかい砂に足が埋まってゆく。涙雨でぼやけた風が、身体を軽く包む。しとしとと雨の音がささやき始める。透き通る海を見ているぼんやりとした相手に触れたら、少しずつ少しずつ大きくなるウネリが海面に生まれ、盛り上がり、重なり合い、やがて熱り立ち、深くえぐれたチューブになった。

高気圧から低気圧に向かって強い風が流れ、ますます大きく新しいウネリができる。山にはずっしりと樹が生い茂り、山のふもとを覆うように絡み合う草木が生えている。海にはきらきらと貝が光り、海底に導くように繊細な海藻が踊っている。ウネリをつくる風はどんどん熱くなり、海面に落ちる雨の音はますます高くなる。

海と山の境目

強くて熱い風が、次々とウネリをつくる。大地は激しく揺れ、大きく脈打つ海面の暗がりに一点の光が放たれる。降りしきる雨の音は、最高潮にまで高まり、限界の高さにまで膨れあがったウネリは、厚く重く太く硬い波となり、たくさんの水しぶきと共に強烈に割れた。始まりがわからないほど限りなく深いチューブから、ぶしゅっと潮水が噴き出て、地上にあるものを総動員させても止められぬ力で崩れ落ちる巨大な波から、ぶしゅっと白波が飛んだ。

|東雲<<しののめ>>の間から出てくるいちばん新しい(ひかり)に照らされて、新しい風が生まれた。

雨はゆっくりと音を奏でたまま、打ち上げられた白波はさわさわと海面に残っていた。

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