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【海と山の境目】 第4話 灰色の銃

暗闇に怯えながら帰宅する途中、くしゃくしゃに踏まれたブーケがあった。気づかれぬままでヨレヨレになり、言葉を持たずに横たわっている物の本心を知る術はない。雑踏のなかで目に止まった、そんな光景を、冷静に見られる隆志がいた。冴えない喫茶店から外に出る瞬間に包まれる、ふっと軽くなる身体の爽快感と共に。

二つしかないはずの道に、言葉だけが迷い込んでいく。真ん中に灰色の道があったのか。機関銃で撃ち抜いてでも、必死に守りたかった何かがあったのか。その対象は、他ならぬ自分自身だったのかもしれない。ただ、「あの時」、他の誰かをがむしゃらに押しのけてでも、雨音が消えてしまわないよう必死に、彼女を抱きしめていた。「あの時」、言葉は、全く必要なかった。

ゆっくりと白く透き通った綿を抱きしめるかのように、夢中になって雨音を愛撫した。雨音を抱きしめている時に、自分は、誰を傷つけ、誰の生贄になったのだろうなどと考える余裕はなかった。雨音の美しいあえぎ声が高鳴るにつれ、自分の動きも激しさを増していた。

ただ、「あの時」を経験した後に確実に分かることは、暗闇に光が照らされる時に、自分につきまとう街灯が造り出す陰影は、いびつで偽りの人工的に形成された影だという事実。そして、星の光と街灯の光とでは、自分の影を形成する輪郭が明確に違っていて、その光の美しさには雲泥の差があるということだけは、確かな事だった。あの護送車の金網越しに視た、摩天楼の光と夜空の星の違いを知っていた隆志には、ハッキリと区別することができた。

帰宅すると、完全に忘れていたころに書いた手紙の返事。雨音からだ。その封をしている糊は、強く密着していて、もどかしくてももどかしくても、丁寧にはがす。悲しい内容が書かれていた。そんな気がしていたんだよと無理に納得する。封を開けた後の手紙に、懐かしい匂いが漂う。どこから鼻を刺激している匂いなのだろうか。やはり、今でも、「あの時」の記憶は残っていて、隆志の彼女への想いが今でも偽りのないことだと知り、心底ほっとした。

クローゼットの奥にある引き出しにしまった。タンスの上には、ティッシュペーパーとトイレットペーパー。防虫剤の起源は、切れていた。

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