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不可逆な時間改変の中二病的考察と実践

 時速200キロメートルで走る列車に乗って2時間。そのとある港町の駅まで普通列車で移動すると一時間以上多く時間がかかる。
 中2病だと笑われるのを覚悟して論じると、出発の駅に二人の私がいて、片方は新幹線、もう片方は普通列車に乗り、同じ時間に出発する。途中なにもしない、例えば駅に着くまで眠ったとしよう。そうすると新幹線に乗った私は普通列車に乗った私より一時間の未来を体験するのではなかろうか。または、普通列車に乗った私は、新幹線に乗った私の一時間過去を体験することになるのではないだろうか。いや、先に経験したことは過去のこととなり~、つまり先に到着する私の方が後から到着する私の知らない過去を経験しているのかもしれない。
 まあ、眠っていた時間の記憶が差し代わればの話だが。それにもちろん、私は一人しかいないのを知っている。
 これもまた中2病拗らせたものの見方で理由を述べると、「この世界では並列する別の世界を認識することが出来ないから」と言う注釈を添えることになる。
 さて、私の妄想にもう少し付き合って頂いてよいだろうか。
 今ここに、広くパラレルワールドを覗く目をもって、上記の件を知る第三者がいるとする。そうすると、以外と分かりやすいタイムパラドックスが観察で来るのではないだろうか。そう考えることは案外に、眠れぬ夜を楽しく過ごす楽しみにはならないだろうか。昔の夫婦漫才で「~それを考えてると一晩中寝られないの」何て言うあれだ。朝から眠そうな中高生は、かつてはゲームなんかじゃなくて、そんな妄想の世界から抜け出せずに、朝から食パンを咥えたまま走って登校し、曲がり角のたまたま逆側から走ってきた異性とぶつかったあげく遅刻し、担任の先生の「今日は新しい仲間を紹介します。入って来て」って呼ばれて入って来た転校生と「おまえ~」「あんたこそ~」って、そしてお決まりの「つづく」のテロップを思い浮かべただけで、やはり今夜も眠れなくなったものだ。

 あれから何年も何年も経ったのだけど~

 駅の改札を出た過去の私に向かって、カツカツと靴の音を立てながら近づいて来る。声をかける。「ようこそ未来のあなた」と。
 季節は冬。首に巻いた真紅のマフラーが目についた。返事をせずに声の主を眺めていると、眼鏡の端を右の中指でクイッと持ち上げてから「69分しかありません。その間でしか出来ないことをしましょう」と可愛く微笑んだ顔で言い、セールの札がたくさん貼ってある駅ビルに促す。
 タイムセールで何でもいいからと掴まされた衣服を買い、明るい内装のカフェで、大人気という限定スイーツの本日最後の一皿を食べ、「これでまずはひとつクリアです。どうですかお口に合いますか?」とさっきよりさらに柔らかく笑って言う。香水などではない、シャンプーが石鹸、または優しい柔軟剤の臭いがする。「甘いものは嫌いではないし、それも控えめで、とても柔らかくて、濃厚過ぎない上品なチーズのケーキですね。美味しいです」と、気難しい雰囲気を表そうと少し目を細め、なるべく落ちついた声で答える。

 「貴方のことを話して下さい」
 視線を合わせる。
 「伝わっていませんか?」
 「こんなことに付き合ってくれるのは私だけだそうで」

 それからおよそ30分間、ほぼ一方的に話喋る。資格や特技、血液型、星座や自分でそうだと思っている性格について、以前占い師に見てもらったがちっとも当たらない人相 手相 風水 姓名判断のこと、過去から現在までの生活、仕事で体験した面白そうな出来事、SNSのアカウントやスマートフォンに保存されている写真のこと、自分が思っているこの世界についてとか。
 ずっと笑顔で、時々左腕の内側に巻いた細い革製のバンドの付いた小さなアンティーク時計の針に目をやっていたが、「時間です」と言って立ち上がり、「またすぐに会いましょう」と笑顔で去る。
 私は伝票をもってレジで会計を済ませ、階下にある在来線の改札に急ぐ。

 そして、改札口に立つ未来の私は、近づいてくる真紅のマフラーの彼女を見つけた。
 「ようこそ。私は貴方の過去をたくさん知っています」と、幸せな笑顔で言った。
 行き交う人のなか、捉えどころのない、目にも見えない何かが動き出すのを感じた。

おしまい

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