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JAMSTEC地球環境部門長、原田尚美さんへのインタビュー

原田尚美さんは海洋研究開発機構(JAMSTEC)地球環境部門長です。200人以上のスタッフを抱える部門のリーダーとして極域の環境変動と気候変動の問題に取り組む一方、総合海洋政策本部参与会議などで海洋政策に携わる任務も担っています。原田さんはインタビューの中で、自身の学歴と職歴、初の女性隊長として参加した日本の南極地域観測隊でのフィールドワークの経験などについて語ります。

【学歴と職歴をおおまかに教えていただけますか?】

私は名古屋大学大学院で有機地球化学と古海洋学を学び、博士(理学)を取得しました。微小生物化石中に含まれる有機物のアミノ酸を利用した新しい年代測定法の発展が研究テーマでした。博士論文のテーマは「浮遊性有孔虫殻中のアミノ酸のラセミ化反応による海底堆積物の年代に関する研究」です。ちょっと難しいですよね。

 博士号取得後、1995年からJAMSTECで研究者としてのキャリアをスタートしました。オホーツク海、ベーリング海 [1]、北太平洋で海底堆積物を採取し、その堆積物に記録された代替指標を用いて、過去の海洋環境変化を復元する研究を行ってきました。

[1] オホーツク海は北海道の北東に位置する北太平洋の緑辺海、ベーリング海はロシアとアラスカに挟まれた同じく北太平洋と北極海をつなぐ縁辺海。

海洋研究開発機構(JAMSTEC)の長年にわたるフランスとの協力関係: JAMSTECはフランス、とりわけフランス海洋開発研究所(IFREMER)と長年にわたる協力関係を維持しています。両研究機関は複数の覚書を締結し、職員や研究員の人材交流も定期的に行っています。両機関の対話は、2015年から在日フランス大使館が支援する合同会合によっても維持されています。この会合は深海に関する理解と探査強化を目的として東京とニューカレドニアのヌーメアで開催されました。

【最近の研究は何を対象とされていますか?】

ナショナルフラッグシッププロジェクトとして文部科学省の支援を受けている、北極圏および北極海における環境変動と気候変動、それに対する生物の応答に関する研究(北極域加速プロジェクト:Arctic Challenges for Sustainability II)を実施しています。私が属する研究チームでは、海氷減少、海洋酸性化、またこうした環境変化に対して海洋生態系、とりわけ動・植物プランクトンがどう応答しているか、その影響を調査しています。

 私たちは、この過去数十年に特に顕著になっている北極海の海氷減少が、大気海洋相互作用を促進し、海洋渦の生成が増加し、それによって陸棚域から北極海中央部への物質輸送が活発になったり、渦の内部では深い方から表層への栄養塩の供給が強化された結果、植物プランクトンの生産増加も引き起こしていること、海底への有機物の沈降量が1990年代に比べて2005年以降で倍増したことなどを明らかにしてきました。このような北極海の環境変化を特定し定量的に示すことは極めて重要です。最終的に、北極海生態系のバランスを大きく変える恐れがあるからです。

【極域研究、とりわけ北極における調査の課題は何でしょうか? 原田さんの専門分野において国際協力が担う役割とは何でしょうか?】

北極は気候変動とそこから生じる影響が最も顕著に表れる地域です。北極では環境変化が推定された以上の速さで進んでいるため、そのメカニズム(仕組み)を理解し、将来予測を行うことが非常に重要になってきます。また北極の海氷減少による気象の変化(低気圧の発生など)が日本の気象にも影響を及ぼすことがわかってきました。ですので、こうした研究のおかげで、日本周辺の気象状況(雪の降りかたや台風の進路など)の状態変化をより確からしく予測することができるのです。

 北極における科学研究分野の国際協力は極めて重要です。北極圏国とパートナーシップを結ぶことが日本にとって不可欠なのは、北極圏国の数多くの研究拠点が北極の大西洋海域にあるからです。逆に日本は太平洋側北極海の研究調査を集中的に行ってきました。そのため、国際レベルの協力拡充により環北極海の観測データを得ることができ、北極圏全体の課題をよりよく理解することができるのです。

「今なお男性中心の環境である南極にも女性の活躍の場はあります。それが伝わればと思います」

【原田さんは何度か南極地域観測に参加されていらっしゃいますが、男性中心の世界でのフィールドワークにどのように挑んでいらっしゃいますか?】

1992年から1993年に初めて南極観測に参加して、フィールドワークの楽しさに目覚めました。特に気候変動による影響の観測など、現場で起こっていることを自分の目で見たいという思いがありました。2019年の冬(南半球の夏)に第60次南極地域観測隊の副隊長兼夏隊長として、再び南極へ行くことになりました。100名におよぶ観測隊のリーダーになったわけですが、隊員の1割は女性です。少しずつですが女性隊員も増加し、今なお男性中心の環境である南極にも女性の活躍の場はあります。それが伝わればと思います。

 この南極観測隊の記事が多くのメディアで紹介されることで、学術界における女性の寄与が増えつつあることを世間にも知ってもらうことが重要だと思っています。まだそれを伝えていく時間と努力が必要ですが、物事は少しずつ変化してきています。また何年か後に南極へ戻りたいと思っています。

「科学技術が世界に開かれ、あらゆる人々にとって身近な存在となり、役立つものになるよう努力がなされるべきだと思っています」

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【原田さんは複数の職務を兼任されています。どんな任務に就いていらっしゃるか、またなぜそうした形で関わっていらっしゃるのかお聞かせください。】

研究者としての仕事と並行して、10年ほど前から国内および国際機関の両方で、より政策寄りの職務も兼任しています。国際プロジェクト「Ecosystem Studies of Sub-Arctic and Arctic Seas(亜寒帯・北極海海洋生態系研究 ESSAS)」 の共同議長、アメリカの地球化学会(Geochemical Society)の理事会役員やアジア・オセアニアディレクターも務めています。日本では、日本学術会議 連携会員と総合海洋政策本部参与会議の参与など複数の役職に就いています。

 こうした積極的関与には、自分の科学的な専門知識をとおして社会に貢献したいという私自身の思いが反映されています。現在、日本においては、研究と社会との間に大きな開きがある気がしています。科学技術が世界に開かれ、あらゆる人々にとって身近な存在となり、役立つものになるよう私たちは努力するべきだと思っています。

「自分が後悔しない決断をしてきたかと自問しながら人生を歩んできました。私は後悔のない選択をしてきたと確信しています」

【特に原田さんの専門分野で研究の道に進みたいと思う若い人たちに対してメッセージはありますか?】

私の研究に対する関心は、新しいことを理解したい、発見したいという思いから生まれています。自然の中で働きたいという気持ちもありました。私は大学院の学生時代に赤道太平洋や南極、研究者になってからは北太平洋亜寒帯、太平洋側北極海そしてまた南極の両極でとても貴重な経験をする機会に恵まれました。

 そうしたフィールドワークを体験したことが、研究者としてのキャリアを積んでいきたいという意欲につながりました。一方で博士号取得後の先の見えないキャリアパスに対して大きな不安もありました。とりわけ私の専門分野では博士号取得後の職が少なかったからです。これまで私は自分が後悔しない決断をしてきたか? と自問しながら人生を歩んできました。私は後悔のない選択をしてきたと思います。自分の選択の幸運を信じて決して諦めないで進んでください!


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