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『痛みを緩和することは弱さの象徴ではない』フランス在住ライター・髙崎順子さんへのインタビュー

【フランスでお仕事を始めることになったきっかけを教えてください。】
私がフランスに渡ったのは2000年です。その前は日本の出版社で働いていたのですが、小さな頃からフランスに興味があり、いつかはフランスに行きたいなと思っていました。編集者の経験からパリにある「ワインと文化社」に採用され、そこで2004年に独立を後押ししていただくまでフランスの主に食文化について取材・執筆などを行っていました。現在はフリーライターとして活動しています。

【髙崎さんは少子化対策や子育て、教育に関する政策について多く執筆されていますが、このテーマへの興味を持ったきっかけは一体何でしょうか。】

2009年に長男を、2012年に次男をフランスで出産しました。フランスに住みながらも「日本式」を取り入れて子育てをするつもりで情報収集を始めたのですが、調べるうちに日本とフランスの子育てシステムに大きな違いがあることに気づいたんです。本格的に取材を開始したきっかけは、2014年、関東地方の保育園園長たちがフランスの保育事情を視察する旅をオーガナイズしたことですね。2016年にはその経験をもとにさらに取材を重ね、『フランスはどう少子化を克服したか』を出版しました。

【髙崎さんはフランス社会の様々な側面について執筆しており、必ずしもすべてがポジティヴな面ではありません。書かれる記事はありのままであり、様々な問いが浮かび上がるようなテーマに関するものです。高崎さんが見ているそのままのフランスを描写するという意図がそこにあるのでしょうか?】
そう言っていただけて嬉しいです。意図や信念は一言、「それが現実だから」につきると思います。私はフランスの良いところとして、社会問題に向き合う熱意や合理的な方法を伝えたいと思っているのですが、そのためにはどうしても、フランスの課題点を話さなければならなくなる。課題点を見るからこそ、今居る世界にきちんと向き合って、世の中をもっと良くしようと諦めずに戦う人々が沢山いると分かるんですよね。「私たちは文句が多い」とフランスの方々はよく言いますが、問題を可視化することは決して悪いことではない。それを真摯に受け止めて改善しようと努力する彼らの熱意や、粘り強さを素晴らしいと思うから、彼らが向き合う課題もありのままを伝えたいと思います。

【女男不平等に対する闘いに関して、高崎さんが興味深いと思うフランスの取り組みはありますか?】

政治のパリテ法や民間大企業を対象としたコペ・ジンマーマン法などはとても興味深いと感じます。それは国が数値目標と罰則を定めた政策・制度を作っているからです。歴史的に男性偏重になっている意思決定機関の「ガラスの天井」を破ることを、民間や国民の意思に任せるだけではなく、国が積極的に主導していますよね。「女男不平等のシステムは問題です、改善していきます」というメッセージを、制度改革を通して、国が力強く伝えている。「政策は国からのメッセージである」ということが、フランスは非常にわかりやすいように思います。子どもの誕生直後に父親に与えられる「父親休業」においても同じことが言えると思います。家事・育児が女性に偏ってしまっている状況を変えるため、男性用の休業制度を設けて、彼らがより多くの時間を家庭で過ごせるようにした制度です。そういったメッセージ性の高い政策や取り組みを、今後も積極的に紹介していきたいです。

『取材の合間に絵葉書のような綺麗な風景に出会えるのがパリの嬉しいところです。』

【子育てに関する忘れられないエピソードなどがあれば教えていただけますか。】
長男の発達障害が発覚したときなのですが、当時の担当であった先生が「医療のサポートが必要である」と伝えてくれたことです。その後、教育プログラムの話し合いに教育委員会の担当者、校長先生、臨床心理士の方など私と夫を含め計8人の大人が集まったんです。子育ては家庭だけで担うものではない、助けてくれるプロ集団がいて、私は1人ではないのだと目に見えて実感しました。教育というものはたった一人が支えるものではなく、チーム体制で行うものだというのは。フランスにおいて大切にされているように思います。

『賑わしい男児二人なので、家族写真も動きのあるものばかりになります』

【二児の母として、働く女性として、髙崎さんはとりわけフェミニズムに関する問題にも関心を示されています。教育とフェミニズムにはどのような繋がりがあるのでしょうか。】

私がインタビューをしたフランスの保育行政、教育省の方々は「家族支援はつまるところ、女性の権利の回復だ」とおっしゃいます。なぜなら産む性である女性は、社会におけるジェンダー的分業の中で、生物的機能により母親という役割に閉じ込められていたからです。どうやってこの拘束から抜け出すのか。それには早いうちから、教育現場で性別役割分担と闘わなければいけません。その点で女男平等教育はフェミニズムと密接に繋がっていますし、フランスの公教育は、この点を強く意識していると感じます。「出産があるからできない」「子育てするからこれを任せない」と言うのではなく、私たちの社会において、今何を変えるべきかを考えることが問われています。これは女性だけではなく、男性に強制されてきた社会的な役割分担や、それゆえに制限されてきた家庭内や職場での権利に向き合うことでもあります。
【出生率に関するフランスの取り組みに興味はありますか?】

紹介したい制度は色々とあるのですが、特に、無痛分娩が医療保険でカバーされることです。私はこれを、フランスが本気で、子どもを持ちたい女性への支援に取り組んでいるシンボルだと思っています。出産のときに「産んでからが大変なんだから、今ここで無理しないで」と何度も言われました。そしてその経験が非常に心に残っています。痛みを緩和したいと願うことは弱さの象徴ではないし、その後の子育てを考えて、スムーズな出産が優先されるべきです。この点から、フランスで取られている取り組みは、子どもを持ちたいすべての女性に重要な精神的サポートをもたらしているように見えます。

【教育に関するフランスの最近の方針に関して紹介したい取り組みはありますか ?】
2010年代に採択されたフランスの新しい教育指針では、「違いを知る」「ともに生きる」という2つの点で特徴づけられています。個人、性別や宗教の違いを超えて、1つの同じ共和国の中で生活ができる市民を育てよう、という意思を見てとることができると思います。各国の公教育の指針には「国を支える人々に、どんな価値観を持って欲しいか」がよく現れますが、フランス共和国が求める市民の価値観が、この2点にあるのだと思います。これらは他の国と比較しても、フランスにおいて際立つ2つの要素だと思います。

【これからお仕事を通して挑戦してみたいことはありますか ?】
私は今まで何かの「制度」について取り上げるためにその関係者の方にインタビューをすることが多かったのですが、これからはそうして話してくれる人々のポートレートと言いますか、ある制度の下で生きている「人々」に、より焦点を当てたいですね。

【フランスとの出会いはあなたに何をもたらしましたか ?】

人間への希望ですね。例えば駅でタクシーを待っているとき、赤ちゃん連れの家族や車椅子の方がいたら、多くの人がさりげなく、列の前に行かせてくれます。それに対してみんな何も言わないし、時々気づいた係員さんが近づいてきて、前まで連れていってくれることなんかもあります。その時その場面で困っている人を助けるのが当たり前、という空気感がとても好きです。そうじゃないときも、もちろんありますが、フランスに来て私は、「人間っていいな」って思える機会や時間が多くなりました。


『このような鮮やかな空の色も、フランス生活の楽しみの一つです。』

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