見出し画像

『タコピーの原罪』考察① ~タコピーが犯した原罪とは~

ミーハー嫌いが出てしまい、話題になっている際は一切興味を持てなかったのですが、
遅ばせながら、この度、
タイザン5先生の『タコピーの原罪』を読了いたしました〜!

純真無垢な宇宙人タコピーという素っ頓狂なキャラクターがいることで、非常にリアルに描かれた現代社会の問題がより色鮮やかになっており、
そのコントラストの強さが印象的でした。

一通り作品を読み終え、
各々の家庭についてや教育現場について、作品背景など、考察したいことが山のようにあるのですが、
まずは作品タイトルにもなっている「タコピーの原罪」について考察しようと思います。

※この先は容赦無くネタバレしていきますのでご容赦くださいませ※

タコピーが犯した原罪とは?

まりなちゃんを殺めてしまったこと

まず初めに思い浮かんだのは殺人です。
第4話「タコピーの救済」において、
タコピーはしずかちゃんを虐めていたまりなちゃんを撲殺しています。
地球上の倫理や法律からこれが大罪になるのは言うまでもないのですが、
本来守る対象であったまりなちゃんを殺してしまったという事実は、
宇宙人であるタコピーにとっても大きな罪となり得るのではないでしょうか。
また、第4話最終ページでしずかちゃんとタコピーが手を繋いで殺害現場から去る描写の上半分にも「タコピーの原罪」と大きく書かれていることから、
これが原罪だと考えて良い気もします。

「おはなし」をしなかったこと

次に考えられるのはタコピーがちゃんと「おはなし」をしなかったことです。
タコピーはしずかちゃんにもまりなちゃんにも、
「秘訣はちゃんとおはなしすることだっピよ おはなしがハッピーを生むんだっピ」と、その重要性を解いています。
しかし、自らは当事者たちの話を聞く前に自らの判断でハッピーのために行動しており、
第15話「しずかちゃん」で
「いっつもおはなしきかなくてごめんっピ」としずかちゃんの心情を理解するための対話をしなかったことへの謝罪が見られます。

また、機能不全家族である各々の家庭の描写から、
作品を通して対話することの重要性を説いているようにも考えられます。

しかし、
それならば、「大罪」「罪科」「罪悪」など、
「原罪」よりもしっくりくる表現があり、
原罪と記した理由がいまいちピンときません。
そこで、「なぜ原罪なのか」を深読みしていきたいと思います。

原罪の定義

そもそも原罪とはどのような意味なのか。
私には「罪より重いって表現なんだろうな」くらいの知識しかなかったため調べてみました。

(キリスト教で)人類の祖アダムとイブとが禁断の木の実を食べた結果、人間が生まれながらに負わされているという罪。

新明解国語辞典第八版
2020年11月20日 発行

(キリスト教で)人類の祖アダムとイブとが堕落した結果、人間が生まれながらに負わされているという罪。

新明解国語辞典第三版
1972年1月24日 発行

キリスト教で、最初の人間アダムが神にそむいて犯した罪。人間は皆アダムの子孫として、生まれながらに罪を背負っているという考える。

岩波国語辞典第二版
1971年2月5日 発行

以上が自宅にある国語辞典で第一刷発行年月日の新しい順に原罪の意を列挙したものです。
その結果に至るまでのプロセスに差異はあるものの、
「人間が生まれながらに罪を背負っている」という点ではその意が一致しています。

では、アダム(とイブ)が神に背いて犯した罪についての差異についてはどう解釈すべきか。
辞書では埒があかなかったため聖書を読んだところ、
旧約聖書創世記第3章に以下のような文章がありました。

さて主なる神が造られた野の生き物のうちで、へびが最も狡猾であった。
へびは女に言った、「園にあるどの木からも取って食べるなと、ほんとうに神が言われたのですか」。
女はへびに言った、「わたしたちは園の木の実を食べることは許されていますが、ただ園の中央にある木の実については、これを取って食べるな、これに触れるな、死んではいけないからと、神は言われました」。
へびは女に言った、「あなたがたは決して死ぬことはないでしょう。それを食べると、あなたがたの目が開け、神のように善悪を知る者となることを、神は知っておられるのです」。
女がその木を見ると、それは食べるに良く、目には美しく、賢くなるには好ましいと思われたから、その実を取って食べ、また共にいた夫にも与えたので、彼も食べた。
すると、ふたりの目が開け、自分たちの裸であることがわかったので、いちじくの葉をつづり合わせて、腰に巻いた。
彼らは、日の涼しい風の吹くころ、園の中に主なる神の歩まれる音を聞いた。そこで、人とその妻とは主なる神の顔を避けて、園の木の間に身を隠した。

(中略)

主なる神は言われた、「見よ、人はわれわれのひとりのようになり、善悪を知るものとなった。彼は手を伸べ、命の木からも取って食べ、永久に生きるかも知れない」。
そこで主なる神は彼をエデンの園から追い出して、人が造られたその土を耕させられた。
神は人を追い出し、エデンの園の東に、ケルビムと、回る炎のつるぎとを置いて、命の木の道を守らせられた。

口語訳旧約聖書(日本聖書協会翻訳)

この文章から、タコピーが犯した原罪は次のようなものである可能性も考えられます。

善悪を判断したこと

タコピーはまりなちゃんの状況を目の当たりにしてしずかちゃんを悪だと捉えて彼女を殺しに行くことを企て、
今度はタイムスリップ先でしずかちゃんへのいじめの劣悪さから、諸悪の根源と捉えたまりなちゃんを殺そうと判断します。
タコピーは自分の倫理観から善悪を判断し、その判断により他人の生命すらも操ってしまった。
これは「原罪」の意に沿っていて尚且つ罪というべき事実ではないでしょうか。

知識を得たこと

そもそもの話になりますが、
タコピーは純真無垢でハッピーな存在でした。
問題部分はハッピー道具を使って解決をし、
何かを排除しようという考えは専らありませんでした。

しかし、
地球上に降り立ったことで善悪を判断してしまえるほどの知識を得てしまった
幾度も絶望して、ハッピーにするために、悪だと判断したものを排除しようと考える心を持ってしまった
このことこそが原罪かもしれません。

善があれば悪があります。
タコピーは全員をハッピーにするため、
その場その場で悪と判断したものを排除していこうとします。

果たして、原罪とは、人が善悪を知ることは、本当に悪なのでしょうか…?

おまけ

これはかなり偏った考え方になりますが、
「生まれてきたこと」が原罪であるという考えもあります。

タコピーが現れる前のしずかちゃんは、
自殺を企図していても実際には未遂で終わっておりますから、
仲直りリボンさえなければ彼女の命がなくなることはありませんでした。
まりなちゃんも同じく、タコピーがいない世界線では殺されることはありませんでした。

まりなちゃんとしずかちゃんの対話のきっかけとなったタコピー風の落書きからも、あまりそんな風には考えたくありませんが、
タコピーが地球に存在したことが原罪だったのかもしれません。

そしてそもそも、考える葦である人間が存在するから善悪の概念があるわけで、
人間として生まれてこなければ悪に触れることもなかった。
あまり考えたくないない理論ではありますが、
人間として生まれてきたことが原罪というのも、案外、理にかなっているかもしれません。

原罪は悪?

話の軌道が逸れかけたため元に戻しますね。
私は、
原罪が悪だと言いきれないからこそ、タイトルに他ではない「原罪」をつけたのではないかと考えました。
現にタコピーは善悪を知ったからこそ自らの意見が芽生えており、
第7話「タコピーの告解」以降はタコピーが真剣に物事を考え、
自らの意見を持った上で「おはなし」をするようになっています。

浮世には、大なり小なりの善や悪に満ちていて、
先の偉人たちがどんなに頭を働かせようと悪は無くなることなく蔓延っており、
取り除くことはおそらく永遠に不可能です。
作品内でも、最終話「2016年の君たちへ」から分かるように、
お互いの家庭環境問題は解決していません。
ただ、しずかちゃんとまりなちゃんのように、
真の言葉で対話することで多少なりとも良い形での折り合いがつくのではないか。

この作品タイトルからは、そんなメッセージを感じました。


次回は作品背景について考えたいです。
脳内では既にフル回転で考えているのですが、
文字に起こすのはいつになることやら〜。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?