【小説】第三話 おっさんえんでんべぇで再生か?

3.遅い昼食

 ゴミ集めが終わると七香に急かされて七海は布団を押入れへ仕舞うと次は掃除機をかけとドンドン急かされ昼過ぎ、やっと部屋は綺麗になった。
 本来、昔から使っていた自分の部屋が別にあるのだが、七海は面倒臭がって居間のテレビがある部屋で寝泊まりしていた。そこが台所とトイレに近く、玄関もガラス戸を挟んで向こう側にあり出入りしやすいからだ。

 居間には長方形の木でできた長めのテーブルというか炬燵。冬場は掛け布団を掛けて使用しているが、今は夏。掛け布団はない。
 横の長いスペースに二人、縦一人で、計六人が座れるスペースに何故か、横のスペースに男二人並んで座っている。七海が先にいつもテレビが正面に見える場所に座った後、琉偉が当然のように横に座ったのだ。なんとなく違和感を感じながらも、広いスペースの所なので七海は何も言わなかった。
 琉偉が小学六年から中学生の頃は琉偉の親とも知り合いだったこともあって話をする機会は結構あったが、それ以降はぱったりとなくなって久しぶりすぎて何を話していいか分からず、なんとなく居心地があまり良くなくて、テーブルの上のリモコンでテレビを付けると丁度、旅番組が流れる。

 「...あ、そうだ。掃除で話途中だったけど、琉偉君は、なんで七香と一緒にここへ?」

 七海はいつも通りぼんやりテレビを見ていると、一軒家が見えてふと思いついたように問う。

 「あぁ、そうでしたね。新しい部署へ異動になって、上司からの初めての指示がここにくることだったんです。で、来てみれば、七香さんが丁度ここの家の前に立ってたので偶々一緒に入って来ただけなんですよ。で、今回のプロジェクトは他社と合同で行う新たな試みじゃないですか。その合同でやる広告会社から今回派遣されたのが、七香さんみたいですよ」

 「え!!!って、それは...香予ちゃんの会社とってこと!!ええぇ!!!」

 「はぁ〜?何...その反応。なんで、全然知らないわけ?ママから、連絡あったんじゃないの?」

 掃除が終わりずっと奥の台所にいた七香が、水に少し浸った素麺に氷が涼しげにぷかぷか浮かんだ底が深い大きなガラスの大皿を持って現れる。その顔はその素麺とは逆で、爽やかの欠片もないムスッとした表情である。

 ドン

 少し乱暴に大皿をテーブルの上に置いたものだから、中の水がテーブルに跳ねて少し歪な水玉模様が点々とできる。

 「えっ?香予ちゃんからは...」

 「はぁ〜...携帯、ちゃんと見たの?」

 七香を見上げてオロオロしている七海に対し、七香はイラっとしたのかキッと睨むとサッサと台所へ戻ってしまう。
 七海はそういえば休暇中、全くスマートフォンを見ていなかったことに気づくと慌てて転けそうになりながら立ち上がり、部屋の隅に置かれた黒革の古びたビジネスバックに急いで近寄りしゃがむとバックを少し乱暴開け、右手を突っ込んでガサガサ中を物色したのちにスマートフォンを取り出した。
 手がもたつきながら電源を入れると僅かだが電池が残っていてポンっとスマートフォンは真っ暗から明るく照明が付く。ロック画面には家族三人、仲良く並んで笑顔で写っている写真が表示される。
 顔認証でロックを解除して、メールを立ち上げる。フォルダ分けしてあり、香予と表示されたフォルダを開ける。そこには一通のメールが届いていた。
 急いでメールを開いて、真剣な顔付きで読み始める。

 久しぶり、パパ。
 
 以前から何かとお世話になっているパパの勤めているホープ社と、共同プロジェクトを立ち上げることが決まりました。

 今回のテーマは、地方開発です。

 所謂、町おこしですね。以前から私のクライアントさんから、ちらほら町おこしの相談をされていたのがきっかけで需要があると判断し、御社の社長へ相談したところ、興味を持って頂き、その結果、新規事業を立ち上げると仰り、そのお手伝いをする運びになりました。

 ただまだ初めての試みということで、初期投資はあまりできませんが、軌道に乗れば、大きい事業となると思います。

 パパがそこの課長に任命されたと聞いて、一緒に仕事ができることがとても嬉しいです。

 ただ私の方は別件で大きな仕事があって、海外へ暫く行くことになりました。

 なので、今回のプロジェクトは七香にお願いしました。うちへ入社して初めてのプロジェクト参加となるので、パパが色々と教えながら助けてあげて下さい。

 それと一人娘を一人家に置いておくのも心配で、秩父は家からは遠く通うのは大変かと思うので、プロジェクトが軌道に乗って安定するまでそこに住むように言いました。

 プロジェクト共々、七香を宜しくお願いします。

 追伸、パパの方の会社の人も一名配属になったそうで、一緒にそこに住んでもらう話になっていますので、その子ことも宜しくお願いします。

 香予

 と書かれていたメールを、無言で読み終わる。

 「...えぇぇ!!!ちょ、ちょっと!!!え、え!」

 急にオロオロし始め、メールの日付を確認する。休暇になったその日、つまり一週間前に届いていたメールで今更聞くに聞けず、スマートフォンが掌からするりと畳の上に落ちる。一瞬思考停止したように動きが止まった後、はっと思い出して琉偉の方へダダダっと走り寄った。

 「ちょ、ちょ、琉偉君...え?こ、ここに住むの?」

 琉偉は七海の顔を見るとニコッと笑い、はいと元気よく頷く。

 「今回の部署、父さんが急に立ち上げるって言い始めて急にできた部署なので、予算があまりないそうなんですよ。社宅って言っても僕一人ですし、七海さんの奥さんがここへ住んだらどうかって仰ってくれて、なら予算も浮くし、ご厚意に甘えることになったんです」

 「え、ええ!!!俺、全然相談...う、うーん...」

 自分が別居を申し渡されてから、全然連絡を取ろうとしなかったことに気づいて口籠る。
 突然別居になって混乱して腹も立ったが、何より情けなかったのだ。
 香予は自分の会社を立ち上げて小さいながらも経営も順調で、片や自分はうだつが上がらない係長止まりの営業マン。しかもミスして異動させられる始末。
 こっちに来て冷静になって連絡をしようと思ったが、いいというまで別居と言われた手前、すぐに連絡するのもどうかと思ったし、自分が香予と釣り合ってない気がしてやるせなく、忙しさにかまけてずっと連絡を絶っていたのだ。

 ドン ドン カッ カッ ドン

 意気消沈し出した七海をよそに、七香は琉偉の反対側の席に両手で持っていた木のお盆を置いて座り、お盆の上に乗った氷水が入ったピッチャーと麺つゆのボトルを少し乱暴にテーブルに置く。手早く重なっていたつゆ入れのガラスの器を自分と琉偉に置いた後、憎しみがこもったかのように七海の前に少し乱暴に器を置くと手慣れた感じでささっと人数分の箸を置く。

 「明日は視察なんで、食べた後に打ち合わせするんで、サッサと食べてもらえます?」

 ジャー チャプチャプ ズルズルズル

 冷たくそう言い放って後、間髪入れずに何か言いたそうな七海を置いてきぼりにサッサと自分の分を用意すると両手を合わせて素麺を食べ始める。
 その勢いは話しかけづらいというか、いかにも話かて欲しくないオーラを放っているので、七海は助け舟を求めて琉偉に視線を向ければ、琉偉は少し困った顔をするだけ。

 「...じゃ、じゃぁ...折角なんで、頂こうか」

 途方に暮れて目の端に素麺の皿が見えた七海は、もうそう言うしかできない。

 「「頂きます」」

 息ぴったりに男二人は挨拶をして、自分の分を用意するとちょっと遠慮がちに素麺を食べ始めた。

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