わたしのためじゃない場所で・3

S・Eーモーターが作動する音、C・I。

昇降機が動き出す。

マキの力無い呼吸音、苦し気に。

マキ『(N)あと何回、この音を聞いていられるか、判っ

た。これで、今回で最期だ。この音を聞き乍ら、横に

なっていられるのは恐らく、多分、いやまず間違いな

くこれでおしまいだ。次にこの音がやんで、あれがや

ってきた時には、わたしは。(溜息)でも、それなら

それでいい。もうどうでもいい。もう、何も考えたく

ない。この、こんな状態が終わるんなら、終わってく

れるんだったら、もう、どうだっていい』

S・Eー昇降機、停止する。

鈍い金属音、響く。

昇降機、再び動き出す。

マキ『(N)あれは、あいつらはわたしを殺すだろう。わ

たしを、あいつらは殺す。絶対に。でも、それで終わ

る。それ以上、わたしにはそれ以上の悪い事なんか起

こらない。殺されて、それでおしまいだ。もうわたし

にはそれしかない。他に、他に何かあったのかしら。

何か。ある訳ない。わたしには何も。それに』

S・Eー昇降機の音、一際大きくなる。

マキ『(N)あいつらは、わたしの名前も、住所も、わた

しの家族の事も全部知ってるって言ってた。もしわた

しが此処から逃げたら、その時はわたしも、わたしの

家族も皆殺してやるって。わたしが逃げなければ、家

族には手を出さないって。確かにそう。(笑って)ま

だ笑えるんだ、わたし。笑っちゃうわね、おかしいよ

な全く。だってあいつら、家族や住所どころか、わた

しの名前だって本当は全然知らなかったもん。全部嘘

でたらめ。只の脅しだ。でも、いいんだ。そんな事。

本当でも嘘でも、もうどうでもいい。わたしが、わた

しさえ此処にいれば、家族は大丈夫、助かる、そう思

えば』

S・Eー昇降機、激しい音を立てて停止する。

マキ『(N)わたしには、自分よりも大事な、大切なもの

がある。それを守る為にわたしは。守れるんなら。そ

れでいいんだ。家族、残ったあのひと達は悲しむ、苦

しむかもしんないけど、わたしは、少なくともわたし

は安心して、笑って。信じて、本当に』

S・Eー昇降機、また動き出す。

速度を増して行く。

マキ『(N)違う、違うの。本当は、違うのよ。あそこに

はわたしの居場所なんか無かった。楽しい事なんか、

いい思い出なんか只の一つも無かったんだ。わたしは

いてもいなくても、いいえ、いない方がいい、邪魔な

だけの厄介者。鼻つまみ者。みそっかす。あの人達に

とってはそれだけの。家族じゃあない。全然、家族な

んかじゃない。だからわたしは、敢えて此処に残る、

そう自分で決めたんだ。自分で選んだんだから。こん

なわたしでも、あの人達を助ける事が出来る、あの人

達の役に立てる。だからわたしは逃げない。逃げない

で、此処で死ぬんだ。そうすれば、残されたあの人達

はこれから、これからもずっとずっと、一生わたしの

事を忘れないで、わたしに感謝して、生きていく筈だ。

わたしを邪魔にした事を後悔して、わたしに悪い、す

まないと思って。(少しの間)わたしはどうでもいい

存在なんかじゃない。役立たずなんかじゃない。あの

人達、違う、違う、あいつらの、あいつらの心に一生

消えない傷を刻み込んでやれる。そう思ったから、だ

から、だから、わたしは』

S・Eー昇降機、更に速度を増す。

金属が軋む音が響く。

マキ『(N)わたしは。わたしは、い、や、い、や、だ』

S・Eーふらふらし乍ら立ち上がる裸足の音。

壁に身体をぶつけ、弱々しく叩き出す。

マキ『いや。やだ。いやだ、やっぱり、いやだ。こんな所、

嫌いだ、此処は、こんな所は、わたしのいたい場所なん

かじゃない。こんな、こんな所で死ぬ、いやだ、死にた

くない、死ぬのはいや、死ぬのは。いやだ』

S・Eー壁を叩く音、激しく。

マキ『開けて、誰か、助けて、助けてよ。此処から出して、

お願い、父さん、母さん、お姉ちゃん、お願い、わたし

を。わたしを助けて、お願いだから、助けて』

S・Eー昇降機、速度を増していく。

壁を叩く音。

マキの絶叫。

暫く続いて、その儘F・O。

間。

S・Eー疾走する車の音、F・I。

スイ『(電話を通した声で)あの子達を地獄に落としたのは

わたし、あの子達から希望を奪ったのはわたし。全て、

わたしが自分で望んでした事。わたしが悪いの、わたし

の責任なの。(笑って)全く、最低だわ。最初はそんな

つもりじゃなかったのに。あいつらとは違う、あんな連

中とは違う、そう思ってたのに。結局は同じ。昔の、同

じ事の繰り返しだわ。あの時と。(間)そうよ、さっき

あんたが言った、その通りよ。わたしはこの手で、あの

子を、あの男の子供を殺した。あの男が憎かったから、

あの男の子供が邪魔だったから、殺したかったから殺し

た。あの男を殺せば良かったのに。直接復讐すればいい

のに、あの子は全然関係無かったのに、わたしはあの子

を、あの男の代わりに、自分の気持ちを簡単にぶつけら

れるあの子を、身近にいたあの子を。本当、いやな奴、

最低だ。卑怯で、ずるくて、自分勝手で。でも、そんな

わたしでも、あの子達を、あの子達なら助ける事が出来

るかもしれない。そう思ったからこそわたしは。(笑っ

て)やめときゃ良かったんだわ。出来る訳なかったんだ

から。はじめっからわたしは何もしないで、あいつらの

言う事も聞かないで、只逃げていれば。一人で、自分が

した事を一生後悔し乍ら、ビクビクし乍ら日陰に隠れて

生きていけば良かったのに。でも、あの時は。そうじゃ

ない、あの時は、そうだ。あの子達を助ければ、助ける

事が出来れば、昔のあの子を殺してしまった罪を、絶対

に消せないわたし自身の罪を少しは償う事が出来るかも

知れない、そう考えたから。関係無かったのに、あの子

達を助けたからってあの子が、子供が帰って来る訳でも

ないのに。あんなひどい事したわたしが、いい事なんか

無理に決まってるわ。だから、あの子達はわたしを。(

笑って)当然の報いなのよ。罰なんだから、これは。い

いの。わたしはこんな目に遭って当然、自業自得なんだ

わ。でも、本当に、これでわたし自身の罪は消えるのか

しら。(少しの間)わたしの罪は、これで償ったことに

なるのかしら。ねえ、青葉』

青葉『(少しの間)大丈夫。大丈夫、もう終わったんだ。全

て、スイ、君はもう充分償った』

スイ『(笑って)ありがとう、青葉。でも、まだ終わってな

いわ。何も、何ひとつね』

S・Eー電話、切られる。

携帯電話のスイッチを切る。

青葉『(溜息)島本。君の、その罪は。そんなものは最初か

ら無かった。無かったのに。君の背負うべき罪なんか、

何も無いのに』

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