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ちなつさん。

4年前の冬、移住したばかりの岩手の寒さから逃げるようにニキと二人、車で九州へ向かった。まるまる1ヵ月かけて九州を旅しようと。

途中の広島で何日か滞在し、平和記念資料館などゆっくり回った。
前々から、原爆ドームの前でインディアンドラムを叩いて唄ってみたかった私は、いざ出陣!とばかりにドキドキしながら夕暮れの平和記念公園をドラム片手にドームへ向かった。

そこに一人の女性が突然フラ〜と現れ、話しかけてきた。
「それ(ドラム)はどこで聴けるんじゃ?」
随分フランクに話しかけられたので、
「今からドームの前で唄おうと思ってるよ。」と私もフランクに答えた。
フラ〜と現れたその女性は、実際酔っぱらっているようで千鳥足だった。
「もう呑むしかないと思って、今から町に繰り出そうとしてたけん!
私はなんてラッキーなんだ!ぜひ聴きたい!」とちなつ(仮名)と名乗る女性は、焼酎のビンを握る手を上げて言った。

ドームへ向かう間、彼女は自分の生い立ちからなにから喋りに喋りまくった。
ロレツが回らないなりに、彼女の強気な姉御気質に好感が持てた私は、この頼もしい酔っぱらいに、ドームの前で唄うことに少しビビっていることを話した。
「私の声って大きいの、こんな町中で唄ってもよいものかしら?」と。
「私は生粋の広島っ子じゃ、私が許可する!誰にも文句は言わせんよ!」
ちなつさんは言った。
この人は天からの案内人だわ。私は理解した。

天からの案内人のちなつさんの見守る中、私はドームの前に立ちインディアンドラムを叩き、思いっきり心の底から唄を捧げられた。
歌詞の無い即興の唄が、音が、ドームと町に響きわたる。

そうそう!これがしたかった!
祈りの唄をここで唄いたかった!
ありがとう〜!

全てを出し切れた私は、ちなつさんの方を振り返ってお礼を言った。
彼女は「うんうん」と頷きながら、えらくえらく感動していた。
「あなたの唄聴いていたら、私 初めて、巫女舞いをしたい気持ちになった。
お願いがある、私のために唄ってくれんか?
私 人前で踊ったことなんてないが、今ここで踊ってみたい!」と言い出した。

彼女がなにかを抱えているのはすでに十分伝わっていたし、私が唄ったことで彼女に今、なにかが芽生えたのも同時に感じていた。
(ドームの前で全てを出し切って唄った私はヘロヘロに終わっていたのだが。)
ここは一つ、天からの案内人の酔っ払いに付き合おうと思った。

「いいよ。」
インディアンドラムを叩きだすと、その人にどんな音を届けばいいのかが見えてくる。別の言い方をすれば、勝手に身体の奥から音が湧いてくる。私はその音を唄うのだ。
ちなつさんは自分に向けて叩かれるドラムと声に包まれながら、必死になって踊った。石碑をつかまりながらフラフラになって、それでも必死にちなつさんは踊った。

〝彼女はもっともっと大地にどっかりと揺るぎなく根ざす必要があるんだろうな 〟と唄いながら私は感じた。

踊り終わって一息ついたちなつさんは、
「宇宙にぶっ飛ぶんじゃなく、今ここにしっかりといなさいと言われたよ。」と、私に抱きついて泣いた。
「うんうん、私にもそう聴こえたよ。」
「分かっちょる。分かっちょる。私は分かっちょるんよ。」と彼女は泣いた。

最後にちなつさんが話してくれたことが壮絶だった。
去年の秋に恋人が死んだと。
そして、この冬は彼女の目の前で友人が自殺したと。
「なんでまた?!」
「私ね、精神科の看護婦をずっとやってきたんだ。だからみんな、最後は私に見届けてもらいたかったんだと思う。」
「そっか…。」
「だからね、もう激動過ぎて今は全部ぜーんぶ切って、引き込もってるのよ!分かるでしょ?」
「うんうん、分かるよ。」

もうすっかり腰が抜けてしまったようで、立ち上がることもできないまま地べたに座り込んだちなつさんが言った。
焼酎のビンはすでにどこかにいってしまっていた。
「あなたたち二人はね(ニキと私のこと)、オーラソーマのオレンジボトルなのよ。
オレンジはショックボトルと言って、あなたたちは行く先々で回りに良い意味のショックを与えていくのよ。」
「あはは、それはステキね!」

住所を教えてくれと言うので、彼女の差し出したボロボロの紙に確か住所を書いた。
「また会ってね!絶対だよ!手紙書くよ手紙!」
平和記念公園、ドームの前に座り込みながら彼女はいつまでも手を振ってくれた。

酔っぱらいちなつさん。
あれから手紙がくることはないが、ああいう人は自分の弱さを超えたなら 大きなヒーラーになっていくんだと思う。
原爆ドームの思い出。

今日は、そんなお話

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