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~血のつながり 地のつながり それでもここで生きていく 明治カナ子 『三村家の息子』

(ミリオンコミックス Hertzシリーズ) コミック 2005/8/19 電子書籍版・紙版ともに現在も入手可能です。
作品感想、ネタバレを含むのでご承知おきください。)

自分の兄はもしかして、同性愛者?と疑いをもったことがある。疑うのみならずなぜか鼻息荒く、私だけは兄ちゃんの味方だからね!と心中密かに拳を握り締めて勝手に応援モードに入っていたりしたのだが、結局真偽のほどは分からないまま兄は実家から出奔し、現在に至るまで音信不通である。世の中の一見平和に見える家であっても、それなりのドラマの一つや二つ意外に抱えているものなのだ。

 そんな私にとって、山林が近い地方の一都市を舞台にしたこのシリーズの閉塞感は身に迫るものがあった。暗い山に向かって不気味なカラスが何羽も何羽も飛んでいく。抱えているのが辛いような嫌な思いや憎しみなどの悪い感情を葬り去るには恰好の場所のように主人公・弓(ユミ)は思っている。弓の兄である角(スミ)は奇行が多い変人として、さらには同性愛者として地元では有名であった。実家が土建業を営んでいる地元の有力者であることも手伝って「あの三村家の、あの兄の弟」と指差される。そうだよ、田舎ってホントにこんな風に疎ましい…!心底共感した。いや、私にはそんな風に後ろ指を差されたことはないのだが。でも疎ましさはいつでもじっとりとそこにあった。

 この作品は幼馴染同士の思いが徐々に恋愛に発展していく物語である。とはいえ弓と幼馴染の敏(トシ)の場合はまったく一筋縄ではいかない。まずはしょっぱなから弓の兄と敏が成り行きで寝てしまうことから始まる。そのために二人の関係は性的存在の角をはさんでややこしいすれ違いを繰り返すこととなる。

 大学受験前から進学という時期が中心に描かれるが、生活力のある敏に比べて甘ったれたところのある弓の自活は大変なものだった。洗濯機一つ使えない。食事の支度もできない。敏のほかには相手してくれる友人もない。敏に距離を置かれ都会で味わう孤独の中で弓は涙を流すが、その孤独ゆえに徐々に成長もしていく。改めて自分のそれまでの生活がいかに恵まれていたかを知り、家業の土建業の功罪と父と祖父の齟齬など大人の社会の一端も知る。もう何も知らない子供のままではいられない。自分のことだけ考えていればいい時は過ぎた。そうした弓の心的成長が敏との関係にも変化をもたらす。兄のこと、家のこと、自分の夢、そして自分にとって大切な友人・敏への思いをはっきりと自覚する。孤独の辛さを知り自立に向かったからこその行動と気持ちの変化だったかもしれない。自然に丁寧に描かれた弓の成長が二人の恋愛の成就に結びつくシーンが大好きだ。そしてきりきりと絞られた弓の心がようやく敏に届く。もう守られるだけの子供ではないから、対等に愛し合える。

 シリーズを通して家や家族や地元のつながりが連綿と続く日本の風土そのものまで描き出している。湿った土に足を下ろして生きていく中での困難な恋愛の成就。そこには現実の生活がある。ほの明るい幸福なラストの中で兄の角にも幸せになって欲しいなと思いつつ、わが兄のことにも遠く思いを馳せるのだった。

補足*昔、サイトで公開していたBL作品紹介文に少し手を入れて再掲します。<24のセンチメント>7)
ちなみにこの当時音信不通だった兄、近年になって連絡がとれ、しかも結婚したという連絡まできました。父が亡くなった後で、生前中は和解なかったものの、墓前にも参ったとのこと。時間薬とはよく言ったものです。

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