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~選ばれし者の恋~ 坂田靖子『ベル デアボリカ』

(トップ画像はサカタボックスのフリー素材を使わせて頂いております。
作品感想、ネタバレを含みます。ご承知おきください。)

 その昔、何かの解説で読んだ言葉がある。"作家というのは生涯一つのテーマしか書けないものだ"(大意)。
作家萌えしやすく、好きになった漫画家の作品はかなり追っかけ続ける私はその言葉に大いに頷きながらも、(いや待てよ、坂田靖子はこれは例外だな、この人ほど多種多様多彩な作品を描き続ける作家は他にはいない。まあしかしこの人は天才だからな~何にでも例外はある!)なんてことを思ったのだった。
が、しかし『ベル デアボリカ』を読んだ時、私はもう一度この言葉に頷き直す気持ちになった。作家は一つのテーマを生涯描き続ける!やっぱり坂田もそうかもしれない!

大量の作品群で知られる坂田だが、その引き出しの多さはただごとではない。テーマも一つどころではない。金沢で発行されたかの有名な同人誌『ラヴリ』の陰の主宰でもあり、元々セルフプロデュース力が高い為に掲載誌全体の中で自らの作品が求められる位置を考えて作品が描ける。自己を俯瞰できるから客観的に作品を構築出来るのだ。『花とゆめ』でコミカルな作品でデビューしそれが好評だったがためにその後もコミカルな短編を描くことが多くなった。一方プロデビュー後も同人誌で掲載していたのは「アモンとアスラエール」であったり「誇り高き戦場」であったり、そして自主刊行されていた「ベル デアボリカ」。そうだ、坂田が商業誌を離れて描く作品は殆ど長編シリアスである。この3作に共通のテーマは一つ。"誇り高き男達が出会い、そして惹かれあう世界"である。

 自らの価値観、確固たる世界観を持つ頭脳明晰な美形の男と、これに拮抗できるほどの譲らない自分の世界を持つ男。エゴイストとも取れる前者のキャラクターこそ坂田一押しのキャラクターだったのだ。初期作品群の中でもアモンは悪魔的でどこか背徳の匂いがする秀逸なキャラだ。神(良心)やモラルに縛られない絶対的な己への自信、その言動に心奪われるのは彼に対する主人公と読者である。
ヴァルカナルは魔法使いであり、アモンをさらに魔物の域に押し上げた美形である。グレードUPした究極の「オレ様」キャラ(笑)。いやオレ様といっても他者を従えることすら欲してはいないのだが。
しかしこの設定をもし他の作家が描けばゴシックロマンあるいは耽美に流れてしまいかねない。勿論坂田はそうはしない。どこか笑いの要素を持ってこずにはいれらないのが坂田なのだ。
ここでの笑いの要素とは、冷徹な美形に拮抗するだけの対等な男・ツヴァスがとことん恋愛オンチで鈍感なところ!その鈍感さときたら
(まああなた、よくぞここまで分からないでいられるわ)と思うほど。
戦場では鬼神のように闘い、頑固で豪胆で有能な男もこと恋愛においては相手=ヴァルカナル=の心理にまったくついていっていない。
(そりゃヴァルちゃんに「あなたの頭が悪いから」と言われもするわ!)とにやにやしてしまう。
このお陰で二人のやりとりにはじれじれさせられ、何度も何度も私のツボを押しまくってくれるのだった。
思えば「アモンとアスラエール」にはまだ耽美の匂いがあった。ラストの破滅的な幸福も含めて。今回のラストをどうもっていかれるのか私は下手な予測は一切しないようにして心から楽しみに先を先を待っている。なるべくこの二人のやりとりを長く長く読んでいたい気もする。

それにしてもヴァルカナルのような悪魔的な魅力を持つ美形にたった一人選ばれることの凄さをツヴァスはどこまで分かっているのか、自分がそこまで凄い男だということを?
誇り高き獅子が普通の人間には見向きもせず歯牙にもかけないのに、ツヴァスのそばにいると安心して喉を鳴らす可愛い猫のように心赦す、その関係性の色っぽいこと!
己が世界の中で孤高を保ってきた男がたった一人の男に心をついに奪われそれを自ら認めるに至る。自分がそこまでの器だと気が付いてもいない鈍感なツヴァスには謎でしかなかったヴァルカナルの悶々とした姿。あーホントになんて可愛いの!
さらにその二人の関係を際立たせるのは物語世界の確かな構築力である。ケルウォースという架空世界がどこまでも細やかに描かれているために、剣と魔法のファンタジーの中でしっかりとした実在性を持って二人の関係が深まっていくのを見る。描かれていないところも確かにそこにあることを感じさせるのが坂田の漫画家としての凄さだ。(あまり知られてないかもしれないけど、この人ホントに天才なんですよ?頭に全部これらの物語世界があるんですから!)

 この作品をここでBLとして紹介すると往年のファンには遺憾かもしれない。だが、元々このファンタジーは二人の男が対等に惹かれあっていくところが核なのだ。高い能力を持つ誇り高き男達の物語はそこに性が介在しなくても色っぽいほどに濃密なものだが、まさにこの物語はそうした愛を描くものである。しかも坂田の手では全く描かれてはいないが、ここには確かに性愛もある。描写のあるなしなどもはやどちらでもよいのだけど。
最初に自主刊行本が手元に届いたのが2000年夏のことだった。制作開始は1998年だったらしい。発行から10年。ようやく商業出版で1巻が出て、WEB連載という当時は思いもよらなかった方法での連載が続いている。この物語の行く末を見守り応援し続けて10年か…長かった…。
でも物語を待ち望むファンを決してないがしろにしない誠実な作家が坂田靖子である。リアルタイムでこの長編を味わえる読者としての幸福、あーホントに坂田靖子のファンで良かった!しみじみ思う今日この頃である。

補足*昔、サイトで公開していたBL作品紹介文に少し手を入れて再掲します。<24のセンチメント>11 )

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