あなたが目覚めるとき 隣でそれを見守りたいと思う 戸惑いと微睡みがふわふわ体をつつみ そして消えてしまうまで あなたが目覚めたあと ほほえんで抱きしめたいと思う いたずらな眼差しでくるりとこちらを向く そうしてほしくて起きたんだよ と言うように あなたが目覚めるまえには いい人間になりたいと思う 心でとぐろを巻く 焔 滓 森の奥で湧く泉のようにすべて知らないふうで あなたのまつ毛と指先が 光に呼ばれ 目覚める あと十数えるまで そうして共に眠っていたかのように 私は目
あなたが 心のなかで飼う鳥は おはよう おなかすいた いいてんき 羽をぱたぱた せわしなく 朝の光に舞い上がる わたしにも あなたにも触れぬその鳥を あなたは時々もてあまし 何も言わずにわたしにそっと あのね と見せてくれる そんなときは 籠をしらずに心のなかで きゅっとからだを縮こめたその鳥を抱え 立ちどまるあなたを ほんの少しぎゅっと 目に見えぬ鳥を あなたごと腕に包み 眼を閉じて ゆらゆら揺れる かぼちゃが煮える匂い 電車がお家に帰る音 お日さまのあくび あっ
「おいしいフルーツって人生のご褒美だよね」 折に触れ、母はまるで哲学者のように呟く。 その指先にはぶどう、スイカ、梨…季節の果物がつやつや輝きを滲ませながら、その口に運ばれるのを待っている。 いわゆるモーレツ社員だった父をよそに四人の子供を育て上げた母。スーパーのチラシとにらめっこしていざ買い物に行けば、カートにはあっという間に食材の山ができてしまう。 そんな母も、果物コーナーでは特別に時間をかけてぐるりと一周する。 使い古された黄緑色のプラスチックの編みかごに
人生の幸福の物差しって、何でしょう。 地球で初めて 「幸福」 ということばが生まれてから今に至るまで、無限の答えが生み出されてきたに違いない。 私にも、その問いは突然もたらされた。 大学受験前、夏休みの補講を終えた帰り道のこと。 「なんかさ、ふと幸せってなんなんだろうって考えちゃうよね」 三角関数の解きすぎか、濃い緑の枝葉から降り注ぐ蝉の声の浴びすぎか。 うんざりする夏の暑さは、目の前を自転車でゆく友人を哲学者に変身させた。 「なーんにもしないでだらだ
ざぶん ざぶざぶ ざぁ ざ ぶん 潮が満ちる 月を溶かした夜の海 その波が寄せる 珊瑚のかけらに 私の下腹に 潮が満ちる 海岸の幾星霜のしるしに 引いては寄せる 人魚の髪を洗う音 蟹の目をすすぐ泡 星の呼吸 潮が満ちる ほかの一切が眠るなか それらのなかで そとで 静かに 満ちて 引く ざぁ ざざ ぁ ざぶん
あなたの望む言葉を 私は言うことができない それがあればわたしたちはどこまでもいけると 分かってはいても あなたのようには ここで生きていくことができない 誰かが呼ぶ声を待っているから この小さなまちに現れる 雲か風にのって それはふいに訪れるはず 今はただ あなたでないことが分かるだけ あなたはいう わたしのように生きていかれなくても あなたらしくいてくれたら それで と その言葉は甘く 尊大で あなたらしい あなたがいてもいなくても わたしはわたしとして生きていく
SNSのミニマリストに憧れてはものを捨て、素敵な暮らしぶりのかけらをSNSで見かけるたびに衝動買いしてしまう毎日を過ごしている。 そういう買い物の気分の高揚のピークはご他聞にもれずネット通販でポチッとするときであって(いろんなサイトで値段とポイントをさんざん見比べてはいる)、自分では 「じゅうぶん吟味した!!」 と思っての購入であっても、不思議と 「お客様の大事なお荷物のため取り扱いには十分お気をつけください」 と書かれたご丁寧な段ボールを開ける時にはもう気持ちは萎みだして
見てもらいたい あなたに 川のまんなかで遊ぶ光のおしゃべり 青い土のにおいを運ぶ風のざわめき お味噌汁に咲くふわふわの湯気 いとしい人のあくびする音 わらった顔 すべて 見てもらいたい あなたに この世界の美しいもの