長編小説『羽毛少女と飛行船』/第三章「デルフォイ計画」/第四節 #18
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前回は、アリサ、ルフィナ、フランツのもとへレオンがやってくるシーンでした。
ルフィナに妹がいたことに動揺を隠せないアリサとフランツ。妹は宮廷に身柄を押さえられており、ルフィナは彼女の身を案じて宮廷へ向かうことを決意しました。
そこへ宮廷の官吏レオンが現れたことで、ルフィナはわざと彼に正体を明かし、自ら宮廷へ連行するよう求めました。
果たしてルフィナはどうなってしまうのでしょうか。
『羽毛少女と飛行船』第三章/第四節
どうぞお楽しみください。
【ON AIR】
四
メギオン号で向かったアランがフランツの家に到着したのはその少し後だった。
すでにフランツの家はもぬけの殻で、医院の入口には「臨時休業」と書いた札がぶら下がっていた。
「どういうことだよ……」
ルフィナどころかフランツまでもが不在という状況に、アランは混乱した。周辺を見回したり、玄関から声をかけてみたりしたが、人の気配は感じ取れなかった。
ここにいても仕方がないと断じ、アランは手掛かりを探しにサルバト通りに出た。
向かった先は、ヤコブの営むコート屋だった。商売をやっている彼なら、鳥人が目撃された噂について、何か知っているに違いない。
ヤコブが営むコート屋「シャーロスト」は、中央区にほど近い坂の上にある。汗をぬぐいながらなんとか店にたどり着いたアランはしかし、そこである違和感を覚えた。
店が妙に廃れている。「シャーロスト」と書かれた看板は隅に放置され、カーテンは締め切り、売り文句一つ掲げられていない。
本当にこれが、ヤコブが言っていた売り上げ上々のコート屋なのだろうか。
アランは恐る恐る店の中へ入った。何着ものコートが据え置き型のハンガーに掛けられ、部屋の至る所に置かれている。だが、どのコートにも値札は付いていない。
「売り物なのか、これ?」
その時、店の奥から物音が聞こえた。何かを出し入れしているように聞こえる。
アランはコートの隙間を縫うように進み、会計台の奥に店員用の扉を見つけた。
「いいのかな、入って」
恐る恐る取っ手を握り、ゆっくりと押す。空いた隙間から片目を覗かせると、奥には背の高い衣装棚が並んでいた。それぞれの段には新品のコートが綺麗に収められている。
店らしい光景を眺めていると、隅の薄暗いところで人影が動くのが見えた。短身でちょこまかとした動きから、それがヤコブだとすぐにわかった。
「おいヤコブ、オレだ」
その声に驚いたヤコブは、背中をびくっとさせて振り向いた。
「なんだアランか! びっくりさせるなよ!」
頭を掻きながら近づいてくる。その時、アランはまたしても違和感を覚えた。
「何だか……随分冴えない顔してるな」
ヤコブは「えっ」と言って眉を上げた。自覚はないのかもしれないが、頬の周りには無精ひげが生え、目の下には隈、着ている服もよれよれで、以前よりみすぼらしい格好になっていた。そしてそれが店の活気の無さとも結びつき、先ほどの違和感はやはり気のせいではないと確信した。
「お前、ここで商売してるんだよな? なんだか暗いぞ、この店」
するとヤコブは苦笑いを浮かべた。
「いろいろあってな。今はやってないんだよ」
アランは目を丸くし、すかさず訳を訊こうとしたが、ヤコブはそれを遮った。
「そんなことよりどうしてオレの店に?」
「あ、ああ。……実は、昨日ダルベントの人から、鳥人が出たって噂を聞いてさ」
ここに来てどう相談したらよいものかアランは迷った。ルフィナの存在を悟られるわけにもいかない。
するとヤコブは思い出したかのように口を開いた。
「ああ、ここ最近話題になっているあれか」
その反応で何か知っているかもしれないと思ったアランは、簡単に事情を話した。
「いろいろあって、その鳥人の情報を探ってるんだ。商売をやってるお前だったら、何か知ってるんじゃないかと思ってさ」
するとヤコブは訝しげな顔でアランを見つめた。
「アラン、お前、どこまで知ってんだ?」
その質問の意味がわからず、アランはきょとんとする。ヤコブの視線はいったん衣装棚の方へ逸れ、また返ってきた。
「……そうだな、訊き方を変えるわ。お前のその質問、一商人としてのオレに訊いてるのか、それとも『シャーロスト』の店長としてのオレに訊いてるのか、どっちだ?」
しかしそれでもやはり意味がわからず、アランはたじろぐ。
「そ、そうだな……たぶん、一商人としてのお前に訊きたいんだと思う」
そう答えると、ヤコブは「そうか」と言って、目を瞑り、考える仕草を見せた。
不自然な間が空き、アランが訊き返す。
「何かあったのか?」
「いや、何でもねぇ。……鳥人のことだったな。ありゃ東区での出来事だから、オレも詳しくは知らないぜ。確か、夜に街をぶらついていた住人が、頭上を鳥人が飛んでいくの目撃して騒ぎになったって話だ」
詳しくはないと言いながらも、アランのつかんでいた情報よりはいくらか具体的だった。アランは質問を続ける。
「その鳥人は、その後どうなったんだ? そのままどこかへ飛んでいったのか?」
「さぁ、そこまでは知らねぇな」
「他に知っていることは何かないか?」
「商人界隈でも、今言ったことくらいしかオレは聞いてないぜ」
情報通のヤコブでもこれ以上のことは知らないようだ。
やや気落ちするアランを他所に、ヤコブは依然として何かを考えていた。
「……お前、やっぱり何かあったんだろ? なんだかいつもと様子が違うぞ」
アランがそっと気に掛けると、ヤコブは不意に天井を見上げ、笑顔をつくった。
「すまんすまん! いやしかし、商売ってのは大変だぜ、アラン」
その目には、憂いのようなものが滲んでいた。
「……実はよ、うちで売ってたコート、仕入れ先に問題があったみたいなんだ」
「仕入れ先? どういうことだ?」
「お前と再会した三週間前のあの日、最後に関所の前で別れたよな。あの後、宮廷の兵士に突然捕まってよ。何かと思ったら、コートの仕入れ先を摘発するって言い出したんだ」
「摘発? お前、そんな怪しいところから物を仕入れてたのかよ?」
がっかりする素振りを見せると、ヤコブは笑いながら首を横に振った。
「そんなつもりはなかったさ。本当に何も知らなかったんだ。そう、ちょうどお前と出くわした、あの店だよ」
それは、ガスタンクを調達しようと街を歩き回っていた時に偶然立ち寄った、怪しげな皮材料の店のことだった。色々な動物の皮が並ぶ異様な光景は、今でもよく覚えている。
「あそこのオヤジの勧めで仕入れていたある毛皮なんだが、どうも密猟者が流してたものらしいんだ」
そんな話があるのかとアランは驚いたが、ふと素朴な疑問が浮かび上がる。
「でもそれって、そのことを承知の上で卸していたオヤジの方が悪いんだろ? どうしてお前まで営業をやめる必要があるんだよ?」
「オレも最初はそう主張したさ。だけど、その毛皮で作ったコートがうちの売れ筋だっただけに、詳しい事情聴取が済むまでは営業するなって言われちまったんだ」
無精ひげをいじりながら、やせ我慢のように笑って言う。彼の商売を狂わせたその毛皮が何なのか、アランは気になった。
「……そんなに曰く付きなのか、その毛皮って?」
「まぁな。その後の宮廷の調査でわかった真相を聞かされて、オレもさすがに仕入れる気が失せたぜ。……何だったと思う?」
ヤコブは薄ら笑いを浮かべて言った。素人のアランには見当もつかない質問である。
「さぁ……珍しい動物かなんかか?」
「まぁ、ある意味正解だ」
「何だよ、もったいぶらずに教えてくれよ」
するとヤコブは一度視線を床に落とし、それからゆっくりと上げていった。
「その毛皮……鳥人のだったんだよ」
アランは言葉を失った。
みるみるうちに顔が引きつっていく。その様子を後目に、ヤコブは詳細を語った。
「オレは最初、あの店のオヤジから『珍しい鳥の毛皮が入った』と紹介された。保温性に優れ、それでいて重さはほとんど感じない。オレは触れてみてすぐに、これは上等品だと確信した。何の鳥かと訊いたら、オヤジは実在しないデタラメな鳥の名前を答えた。鳥に詳しくないオレはそれを真に受け、真実を知らないままコートを仕立てていった。機能性に優れたそのコートは次々と売れ、気づけば街でそれを着て歩く人を見かけるくらい、身近なものになっていた」
めまいのするような告白だった。迷信とすら言われていた鳥人が、実はこんなにも身近に、かつ凄惨な形で、人々の生活に関わっていたというのだ。
ふと、窓の向こうに一隻の飛行船が見えた。刹那、アランははっとした。
「……もしかして、飛行船の操縦士たちも?」
その問いに込められたアランの懸念がヤコブには透けて見えるようで、胸が痛かった。
「……今更嘘ついても仕方ねぇから正直に言おう。あのコートを一番買ってくれたのは、いつも寒いところで働く、操縦士たちだ」
その答えは覚悟していた。だが、いざ言葉にして聞かされると、やはり血の気が引いた。
思いを込めて造った飛行船に、鳥人の毛皮をまとった人間たちが乗っている。これまでルフィナというたった一人の鳥人を必死に救おうとしてきたアランには、到底受け入れがたい真実だった。
その時ふと、先ほど出た「摘発」という言葉が頭をよぎった。もし今も密猟者たちが活動を続けているとしたら、行方不明になったルフィナにも危険が及びかねない。
「お前が事情聴取されたのは、問題の仕入れ先を宮廷が摘発するためなんだよな? もうヤツらの摘発は済んだのか?」
「宮廷側は、オレを聴取する前から準備を進めていたようだ。オレが情報提供した次の日にはオヤジの店も看板を下ろしていたし、仕入れ先の闇市場も暴かれた。その延長線にいる密猟者たちも、さすがに宮廷が相手じゃ逃げ切れないんじゃねぇかな」
それを聞いて少し安心したが、いまだ行方不明のルフィナを思うと気が気ではない。
アランの表情に見え隠れする焦りを、ヤコブもだんだんと気になり始めた。
「お前の探っている情報、もしかして今の話と関係があるのか?」
するとアランは伏し目がちに答えた。
「……手掛かりがなくて困ってんだ」
何やら深い事情があるらしいと察したヤコブは、アランの肩にそっと手を置いた。
「アラン、オレはお前を信じてこの話をした。正直、宮廷側には口止めされてたんだが、この鬱憤を誰かにぶちまけなきゃ、とてもやってらんねぇ。……だが、こうしてお前をはけ口にしちまった以上、オレにできることがあれば協力するぜ。人はいつだって〝持ちつ持たれつ〟だからな」
その言葉が、アランの背中をそっと押した。
「ありがとよ。……実はさ、この街で噂になってる鳥人は、オレの知っているヤツなんだ。訳あって、少し前からこの街の親戚の家で匿ってもらっていたんだけど、昨日その噂を聞いて急いで飛んで来たら、もう親戚の家にはいなかった。それで今、そいつがどこへ行ったのか、手掛かりを探しているんだ」
アランが鳥人と知り合いだったことにヤコブは驚きながらも、何か役に立つ情報はないかと、ここ数日の出来事をまばらに思い出した。しかしどれも毛皮の仕入れに関することばかりで、アランの探している鳥人とは結び付かなかった。
「使える情報は今んとこないな。だが、今日の昼過ぎにまた宮廷の事情聴取がある。もしかしたらそこで何かつかめるかもしれねぇな。向こうに悟られないように、さり気なくつついてみるぜ」
その言葉に気合いが込められていた。ヤコブとしても、このまま宮廷側にやられっぱなしでは気が済まないようだ。
「悪いな、ヤコブ。オレも引き続き情報を集めてみるよ」
「くれぐれも無理はするなよ、アラン」
二人は右ひじを軽くぶつけ合い、共闘を誓った。
宮廷の事情聴取が終わるであろう夕方に、もう一度この店で落ち合うことにした。
それまでの間、アランは新たな手掛かりを見つけるため、鳥人が目撃されたという東区へ向かうことにした。
ご愛読いただきありがとうございました。
次回は第三章/第五節です。どうぞお楽しみに!
天野大地
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