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「害虫駆除」

「いつでもやめられる」
「一度だけなら大丈夫」

違法薬物によく使われる言葉。

俺は麻薬に興味なんてないけど、この言葉はよくわかる。
他人事じゃない。

踏み出してはいけない。
理解のある彼氏を装うために。
大好きな人に、怖がられないために。

―――

不意に、彼女の携帯が光った。
サイレントモードの携帯に、着信の表示。

『吉成さん』

誰だ? 彼女の交友関係はすべて把握しているはず。
吉成さん…? 職場の人だろうか。
なんだろう、この嫌な予感は。

それとなく彼女の様子を観察した。
とくに普段と変わらず、いつも通りの彼女。
なんだ…勘違いか。

「あ、ごめん、ちょっと電話してくる」

食事後、二人でのんびりしている時にかかってきた電話。
胸がざわつく。

「なに? 誰から?」
「ん、友達」
「ふーん、なんて?」
「うーん、別に、大した用じゃなかった」

変だ。いつも俺の前で電話するくせに。
冷静に、気になんてしていない素振り。

深夜。枕元に置かれた彼女の携帯。
寝息を立てて眠る彼女。
目を閉じれば浮かぶ嫌な妄想。
だめだ、こんなの眠れるわけがない。

ゆっくり身体を起こし、気づかれないように彼女の携帯に手を伸ばす。
パスワードは“210912”、これは俺らの記念日。

『吉成さん』

まただ。
また、こいつ。
俺の悪い予感はほぼ当たったも同然。
友達? 俺は君の友人ならすべて知っている。
おかしい、これは友人ではない。
知り合ったのはきっと最近。
俺に隠れて、くそ。

着信履歴を閉じると、そのままSNSをタップする。
あれ、パスワードが変わってる。
おかしい、今まで一度もパスを変えたことなんてなかったのに…

「…ちょっと、何してんの」

背後から心臓を一突きする彼女の声。
夢中になりすぎて、起きたことに気づかなかった。
あぁなんだよ、最悪だ。

「ねぇ、何して…ちょっと、それ私の携帯」
「いや、違うんだよ、光ってたから」
「だから何? っていうか前から私の携帯見てたでしょ? やっぱりおかしいと思った…」
「見てないよ、今日が初めてだって」
「絶対嘘、もう信じられるわけないじゃん」

さいあく さいあく さいあく
なんだよ、マキが変な行動するからだろ。
誰なんだよ、吉成って。そいつのせいだろ。

「本当にごめん、違うんだよ、マキのことが好きだから…」
「そういうのいい、今日は帰って」
「ごめん、本当に、もう二度としないから…」
「帰って…」

着替える間も与えられぬまま、荷物と一緒に閉め出された。
吉成。吉成。吉成。
番号は覚えた。全部お前のせいだ。

その日から俺は可能な限り情報を集めた。
彼女が仕事に出かけたすきに、作ってあった合鍵で部屋に入る。
ゴミ箱の中を漁り、吉成につながる情報がないか細かく調べ上げた。
しかし、何日経っても成果が上がることはなかった。

吉成の情報が掴めないまま一ヶ月が過ぎようとした。
幸せだった俺の生活が壊れたあの日をまだ忘れない。
お前が現れなければすべて上手くいっていた。
俺の中で彼女を管理し、安全で平和な世界がそこにはあった。
それなのに。吉成。お前のせいで。

このままいても埒が明かない。
携帯を手に取り、登録しておいた『吉成』の番号を表示させる。
あの夜に覚えたこの番号。
何かあった時のため、もう、これしかない。

画面をタップする。鼓膜に響く着信音。
たった数秒のこの時間が、永遠のように感じる。
なんだよ、早く、早く出ろ。

『………はい』

鳴り続けていた機械音が止み、相手の声が聞こえてきた。

「………よしなりさんの携帯ですか」
『そうですけど』

平然と答える様子が癇に障る。
聞こえてくる音が物体化し、俺とマキの間を遮る粗大ごみの山のように感じる。

「マキの彼氏ですけど、お前、マキとどういう関係…」
『電話してくると思ってました』

は? 

「は? 俺がお前に?」
『はい、少し遅かったぐらいです』

彼氏である俺の存在を知った上でマキに近づいてたのか。

「…マキとどういう関係なんだよ」
『僕はマキさんのことを誰よりも愛しています、彼女もそれに応えてくれた、それだけです』
「は? マキが? そんなわけねーだろ、人の女に手ぇ出しやがって…」
『本当です。そんな下品な言葉で騒がないでください。耳障りです。それと、マキさんのことはあなたよりもずっと昔から知っています。先だと思っているのはあなただけです』
「てめぇふざけんなよ、出てこいよ、直接言ってみろよ」

終始白けた態度で受け答える相手に、俺の怒りは頂点に達した。
会って何を話すというのか。
マキは今こいつと付き合っている、信じたくない自分が理性をかき乱す。

『…あなたがバカでよかったとつくづく思います。直接会って話すことはないです。でも、僕が彼女のことをどれだけ愛しているか、特別に見せてあげますよ。あなたよりも僕の方がずっと彼女のことを愛しています』

そう言うと、吉成は一方的にSNSアカウントのIDを伝え、電話は切れた。

「くそ…なんなんだよ…」

俺は言われるがままにSNSを開き、先程聞いたばかりのアカウントIDを検索窓に打ち込む。

「…………あった」

ヒットしたアカウント名は『僕のMです』。
恐る恐るタップすると、画面に映し出されたのは数々の写真たち。
そこに映る見覚えのある姿は、マキだった。

「………は? なんなんだよ…」

一枚一枚じっくりと確認する。
どの写真のマキもカメラ目線ではなく、生活する風景を捉えたような静止画だった。
家のドアから出る姿、駅まで歩いて向かう姿、外で食事する姿、コンビニで買い物をする姿…そして、家の中でくつろぐ姿も撮影されていた。室内での写真は必ず決まった位置から決まった角度で撮影されており、人が撮ったものではない事を確信していくにつれ、怒りと恐怖に指先が震える。

いくらスクロールしても終わらない惨劇は、俺が知らない過去のマキまで現れ、見るのを止めた。
なんだよこいつ、ただのストーカーじゃねぇか。今すぐこのデータを持って警察に行きたいぐらいだ。
…マキが危険だ。吉成はやばいやつだった。マキは騙されてる。すぐに伝えないと

すぐさま連絡帳を開き、マキに電話をかける。

「………はい」
「あぁよかった、マキ? 今どこ?」
「今? 何で?」
「いいから、大事なことなんだよ、一瞬でいいから会って話したい」
「はぁ? …じゃあ駅にいるから、その場で一瞬ね」

なんとか約束をこぎつけ、一ヶ月ぶりとなるマキとの再開場所へ向かう。
正直嬉しい、久しぶりに会えることが本当に嬉しい。
嬉しくて、吉成という危険から守らなければいけない使命感に駆られる。

「……ごめん待たせて、久しぶり、髪色変えたんだね、いいね、似合ってる」

一ヶ月ぶりに会った彼女は、やっぱり最高に可愛かった。
俺の知らない髪色のせいか、あの頃とは少し違う雰囲気の彼女に胸が締め付けられる。

「………いいから何? 大事なことって」
「あぁそうだ、マキが今付き合ってる吉成ってやつ、あいつはまじでやばいから今すぐ別れた方がいい」
「は? 何で付き合ってること知ってんの?」

マキが眉間に皺を寄せ、一気に警戒心をぶつけてきた。

「そんなことどうでもいいよ、あいつマキのストーカーだったんだよ、家の中まで盗撮してるんだって、今すぐ別れて警察行った方がいいよ、俺も一緒に行くから」
「何言ってんの? あんた頭おかしいよ」
「本当なんだよ、実際に吉成本人から聞いたんだよ」
「…なんで、どうやってあんたが吉成さんと連絡取ったの…?」
「いやだから、そんなことどうでもいいじゃん…」
「よくない、どうやって近づいたの、早く言って」

マキが、今までに見たことのない剣幕で僕に詰め寄る。

「……いいよわかった、言うよ、言うけど頭がおかしいのはあいつだよ、連絡はマキの携帯に電話がかかってきた時番号を見て、それを覚えてたんだよ。マキの様子も変だったし電話したんだよ、そしたらあいつから見せてやるって言って、あいつのキチガイみたいなアカウント教えられたんだよ。そしたらマキの写真ばっか上がってて…そうだ、今見せるよ、そしたら信じるだろ…」

俺は携帯を取り出し、さっきと同じようにアカウントIDを検索窓に打ち込む。

“―――の検索結果はありません”

「え、なんで…ちょっと待って」

ついさっきは表示されたアカウントがヒットしない。
打ち間違えたのか、いや、そんなことはない。
さっき検索した際の履歴をタップし、再度検索をかける。

「……いい加減にしてよ、もういいよ」

結果は何度やっても同じ。
あの時電話で伝えられたアカウントは、跡形もなく姿を消した。
今起こってる現実についていけず、俺はその場で呆然と立ち尽くす。

「…言っとくけど吉成さん普通にアカウント持ってるから、ほら」

マキに差し出された携帯画面を確認すると、そこには「吉成 圭吾」という男のSNSアカウントが表示されてあた。上がってる内容といえば、カフェやラーメンの写真、仲間とスポーツに勤しむ至って普通のものだった。

「違うんだよ、このアカウントとは別の…気持ち悪い変態野郎なんだって、何で信じてくれないんだよ…っ」

もう、なんと言えばいいのかわからない。
さっき見たあれはなんだったのか。
幻? いや、俺は実際にあいつと話した。
検索履歴にも残ってる。あれは現実だった。
考えられるのは、あいつがこの短時間にアカウントを消したこと。
それしかない、俺をはめるため…

「マキ、まじで話聞いて…」
「もういい、変態なのはあんたでしょ。携帯だってやっぱり見てたんじゃん。気持ち悪い嘘なんかついて…二度と私たちに関わらないで」

マキは冷たい視線でそう言い終わると、俺に背を向けたままスタスタと歩いていってしまった。
俺はどうしたらいいのかわからず、追いかけられない。
マキの姿はあっという間に小さくなり、すぐに見えなくなった。

何もできず、自分の現実が混乱していく。
藁にもすがる思いで、もう一度、吉成に電話をかけてみる。

『…おかけになった電話番号への通話は、お繋ぎできません…』

こちらも、とっくに遮断されていた。
きっと俺は、吉成のシナリオ通りに踊らされていたんだろう。
排除されていたのは俺。
最後に見たあいつの言葉。

“僕のMです”

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