「マゾ堕ち」3

「広瀬ぇ…ほら、あーん…飲ませてあげるよ」

俺は目ん玉が焼け焦げそうな感覚に陥った。
あーん、そう言いながら迫ってくるあまねさんの唇。
心臓の音が、痛い。

「いやいいっすよ、手錠してても自分で飲めます」

「いいから、ほら口開けな」

少し強引な物言い。
何故だ…俺は言われた通り、口を開いていた。

あまねさんはグラスでもなく、ビールが注がれる口でもなく、俺の目を見ながら、ビールを極めてゆっくりと、警戒心丸出しの口へ注ぎ込んできた。

あまねさんの視線から目を離すことは許されない、そんな気持ちにさせられる。

あまねさんの瞳…睫毛…流れ込んでくるビール。
喉が震える。
うっかり鼻息を止めてしまい、出すタイミングを見つけられない。

ビールの流れ込んでくる勢いが弱まり、グラスが口から離された。
途端に苦しい状況を理解し、肺いっぱいに空気を吸い込んだ。

「美味しい?」

「…は、はい、まぁ…」

あまねさんはニコニコとご機嫌そう。
俺をからかって面白いのだろう。
でも、俺はそれどころじゃなくなっていた。

ドキドキ。やばい。なんだこれ。
…勃起してる。

これじゃまるで俺が手錠と首輪に興奮してるみたいじゃねぇか。
今まで彼女とノーマル、むしろS側でSEXしてきた。
きっと、あまねさんがそれっぽい衣装を着て、変な雰囲気で寄ってくるからだ。
異様な空気の店内にも飲まれてるのかもしれない。

「あまねさん、ちょっと首輪だけでも外してもらえないですか」

「えー、仕方ないなぁ~」

あまねさんは椅子から立ち、両手を俺の首の後ろに回した。

あまねさんが、近い。
なんかいい匂いするし、体温も感じる。
やべ…また俺の鼻息が気になってきた。
こんなことで興奮してると思われたくない。

「はい、外れたよー」

あまねさんの言葉と同時に首が開放された感覚があった。

「ありがとうござ…」

「なんちゃってー!…つけときな」

………存在感のある首輪は、すぐに俺の首へ舞い戻った。
あまねさんはわざと一度外して、すぐにまたつけた。
俺はてっきり外してもらえるものだと思っていた。
…あまねさんにやられた。

もう自分で外せばいい、そう思い首輪に手をかけ、不意にあまねさんの顔を見てしまった。

そこにいたのは、俺の知ってるあまねさんではなかった。

初めて仕事で会った時の大人でカッコイイ女性のあまねさんでも、
私服が意外とボーイッシュで屈託のない笑顔が似合うあまねさんでもなく、

初めて見た…
こんな怪しげに、妖艶に笑うあまねさん…

俺の視界がスローモーションになる。

「…広瀬ぇ…首輪、似合うじゃん…」

今すぐ外したかったはずの、首輪に伸ばした手が固まる。

挙動不審。息が乱れる。


俺のうるさい心臓の音と、
あまねさんの声だけが頭の中で鳴り響く。

「…いや、ちょっと苦しいんで…もうこれ外していいすか…」

「確認いる?それ鍵とか無いよ」

そうだよな、なんで俺確認してんだろ、取りゃいいじゃねぇか…くそ。
顔が一気に熱くなり、ボックス席に座ってる客の視線が気になった。

それどころじゃない思いで不便な両手をモジモジと動かすと、一気に首輪を外した。

「あーあ、似合ってたのになー。広瀬はこわいねーもっと笑顔で、ほら、スマーイル」

俺は口だけで全力のスマイルを作り、目の前にあった誰のかわからない酒を飲み干した。

やべぇな、心臓がうるせぇ。
酒のせいか?
あまねさんの方も、なんか、見れない。

「………ねぇ広瀬ぇー、お前ってS? M? どっち?」

「…Sです」

あまねさんが俺の方を見ている。

「……ふぅーん…」

なんだよ、ふーんって。
くそ、落ち着かねぇ。

「ちょっとションベン、行ってきます」

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